会社の先輩を合コンに誘った。
皆が集まった席で、控えめに微笑む美人の先輩を尻目に、私は必死にツッコんで、飲みまくって笑った。そんな立ち居振る舞いが、合コンではマイナスにしかならないことくらい重々承知していたけれど。

結局、見た目が大事?美しいに「正解」ってあるの?

後日先輩は、三分の二のメンズから連絡をもらった。“結局顔なのだ”という、当たり前の事実をやっとこさ受けとめた私は、もう何の迷いも無く「整形しよう」と思った。

婚活戦線は、なんだかんだ顔だ。顔が良ければそれだけ、ハイスペックな男と結婚できる。こう結論付けた私は、日々整形の情報を集めまくった。YouTubeやネット記事、あらゆるSNS。

びっくりするくらい美人になった女性の写真や、人生が好転したというコメントがたくさんあった。「男性にもモテるようになった」という感想も。それは、私の心をくすぐった。コンプレックスのこの鼻や輪郭を、どんな手術で消してくれるのか、こんなふうに美人に生まれ変わらせてくれるのか。

いくつかの病院に連絡を入れると、顔の写真を送るように指示された。正面、横顔、斜め45度。その写真を元に、先生が適切な手術の説明をしてくれる。どこの病院も、似たような施術内容だった。鼻の脂肪を除去して先を整え、高さを出すためにプロテーゼを入れる。まるで正解のお鼻があるかのように、揃ってそう言うのだ。

受け身の自分と、さよならしよう!私は「私の生き方」を選ぶ

私は、それらの返事を読みながら「正解の鼻ってなんだろう」と思った。私のこの顔や鼻を、そんな簡単に変えてしまっていいのだろうか。画一的な施術を受けて、大事にされなくて、いいのだろうか。

もしかして、私は私のままでいいんじゃないか…?
心の中で、ありのままの自分を認める気持ちが芽生えたことを感じた。

私はずっと、シンデレラのように外見だけで誰かに選ばれることを望んでいた。いつも受け身の自分だった。

けれど、自分で選べば良いじゃない。生き方も人生も。隣を歩く人のことも。私は、綺麗な誰かにはなれないけど、世界の誰も私になることはできない。私は私を楽しもう。この顔とこの心で。

時には落ち込むこともある…でも、生き方は「自分」で選べるんだ!

確かに世の中、顔が高く評価されることもある。けれど、それに捕らわれるかどうかは、自分で選ぶことができる。ルッキズムの世界で生きていくことを望めば、その世界で。そうでない世界を望むのであれば、そうでない世界で、私たちは生きられる。

私は、ルッキズムで生きていたくないから、人を顔や見かけで判断しない。そして、この顔であることに負い目なんて感じない。いつも堂々と胸を張って、歩きたい道を歩く。やりたいことをやる。そういう世界で息を吸う。

私を素敵と褒めてくれ、愛してくれる家族や同僚、友人たちと共に。きっと時には、美人に嫉妬することも、落ち込むこともあるけれど。それでも自分の望む世界で生きていける努力を、忘れないでいたい。