「タイミングが最悪。職場に迷惑がかかる」
ネットニュースを開いたときに、その一言が目にとまった。いわゆるマタニティーハラスメントのニュースだった。
ここ最近、「男は仕事、女は家を守る」なんて考えは時代遅れと言われるようになってきた。かわりにパワハラとかモラハラとか、たくさんのハラスメントという言葉ができた。
ニュースでもよく取り上げられるようになったので、この言葉達もより普及したのだろう。

直前までのお菓子の会話が一変、「いつ子どもをつくるの?」と聞かれ

このニュースを読みながら、私はある出来事を思い出していた。
私は学生時代から付き合っている彼と、2年前に結婚した。そして昨年からは猫を家族に迎えた。ふたりと1匹。大きな出来事があるわけではないけれど、毎日穏やかで、楽しい日々に満足している。
そんなある日。職場での休憩時間。同性の上司が唐突に「いつ子どもをつくるの?」と聞いてきた。その直前まで、スーパーのおすすめのお菓子の話をしていたもんだから驚いた。
なぜ急に?と不思議に思いつつも、「今はまだ……もう少しゆっくりでいいかなと思っています」と答えた。

「え?なんで?一人目はそろそろ産まないと、大変だよ」と言った上司の言葉に、胸のなかにモヤモヤとしたものが残った。少しの間その話題は続いたが、しばらくすると今度は日焼け対策の話へと変わっていった。モヤモヤした気持ちを抱えたまま、その日の休憩時間は終わってしまった。

幸いにも仕事の間は、他のことを考える余裕が全くないため、休憩時間の出来事はすっかり忘れていた。家に帰り、湯船に浸かって一息つこうとした瞬間に、はっと思い出した。あのモヤモヤ。

頻繁に子どもの話題を振る上司に「やめてください」が言えなかった

普段からよく気にかけてくれる上司。職場内でも仲はいいほうだと思う。でもあのときは、自分の中に土足で踏み込まれたような、そんな気持ちだった。
なんだか腹が立ってきた。私の答えは、上司のほしいものではなかったのかもしれない。
でも私だって何も考えなしに言ったわけではないし、なによりこれは私の人生だ。
たとえどんなに親しくても、相手の当たり前を押し付けられるといい気はしなかった。親しきなかにも礼儀ありってこういうことだ。

結婚や妊娠に限らず、みんな自分が置かれている状況のなかで、様々な選択をしながら人生を生きている。選択肢が無数にあることもあれば、たった一つの、しかもできれば選びたくないものしか残されていないこともあるだろう。
一生懸命選んだことに対して、他の人からそっちは選ばないほうがいいなんて言われたら悲しい。人生の正解なんて自分しか分からないのに!

それからも頻繁に子どもの話題になった。どうやら結婚しても子どもをつくる気配のない私が珍しいようだった。
「その話、楽しくないです。やめてください」
とは言えず、別の話題に変えたり、気づかれないうちにその場を離れたりしていた。次第に回数を重ねると、こちらもある程度の耐性がついたのか、さらっと受け流せるようになった。
傷ついた側がなぜ強くならなければいけないのか、それが不思議だった。職場の人たちは私が傷ついていたことはきっと知らない。

そんなことをこのニュースを見て思い出していた。

相手を傷つけない話題を選ぶ努力をすることこそ「思いやり」だと思う

ニュースの中のハラスメントをした上司は、部下を傷つけるつもりで言ったのか、はたまた傷ついたことにさえ気づいていなかったのか。

そういえば、今の世の中はハラスメントだらけで、いったい何を話せばいいんだと言っている人がいたな。確かに、久しぶりに会った友人に対して挨拶のように言う「彼氏できた?」、年の離れた同僚と会話を続けるための「結婚はまだ?」というやり取りだって、ハラスメントと感じる人もいるのかもしれない。

でも、カフェの外を散歩している犬が可愛いとか、最近食べたランチがおいしいとか、他愛のない話は近くにたくさん落ちている。落ちている話題に目をむけ、そのなかから、相手を傷つけないものを選ぶ努力も大切なのではないか。
相手が傷つかないように話題や言葉を考える一瞬が、相手を思いやるということなのかもしれない。

私の職場の上司だって、何も考えていなかったわけではなかったのだろう。
いくら思いやっても、気づけないこともあるのだ。相手に「これは嫌だ」とその都度教えてもらうわけにもいかない。だから自分が言われて嫌だったことは、ちゃんと覚えておく。相手が私と同じような思いをしないように。
あのときモヤモヤした気持ちも、私が少し優しい人間でいられるために必要なのだと思った。