拝啓
としかおばあちゃん、元気にしていますか?そちらの生活を、楽しんでいますか?
初めてお話したのは私が11歳、5年生の頃でしたね。おばあちゃんは何歳だったのかな?(笑)
時の流れは早いもので、私はもう25歳になりましたよ。
おばあちゃんと出会って、人の心の美しさを知りました。繋がることの温かさを知りました。
もっともっと田舎が好きになりました。
私もおばあちゃんみたいに、ぎゅーっと優しく包み込める人になりたいと思いました。
私がそっちに行った時は、またゆっくり、お茶でもしましょうね。

心から、ありがとうを込めて。
敬具

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私の地元は所謂「田舎」。最寄りの駅まで車で30分、コンビニも自動販売機も無い、山の中で生まれ育った。
小学校の全校生徒は当時24人。1〜6年生まで、1クラス平均4人の少人数クラスで、お昼休みは全校生徒でドッチボールやキックベースをするのが日課だった。

そんな田舎にある学校だからこそ、地域との繋がりはとっても深かった。給食の時間は「今日の八宝菜に入っているこのほうれん草は、○○ちゃんのおじいちゃんが作ってくれた野菜です!」と、毎日そんな紹介があったほどだ。

だからこそ、登下校時の「地域の人への挨拶」は最大の重要ポイント!
すれ違った人、通りかかった車、遠くで畑作業をしている地域の人にも、とにかく全員に大きな声で「こんにちはー!!」と挨拶をするのが鉄則であり、たまに登下校を監視にくる先生たちにもよくチェックされていたものだ。

16時10分、チャイムが鳴り、下校の時間を迎える。
今日あったことや昨日見たテレビの話をしながら、あるいは道端にある野草をちぎったりしながら、同じ部落の友達と一列に並んで下校する。
帰り道は家に着いた者から登校班から抜けていくのだが、比較的小学校から家が離れている私は、自宅までの最後の10分をひとりで歩く。

お母さん、今日は何時に帰るかなあ。おばあちゃんは畑から帰ってきてるかな。そんなことを考えながらひとり歩き、もちろん出会った人には大きな声で挨拶を忘れない。「こんにちはー!」というと「おかえりー!」と返してくれるのがとっても嬉しかった。

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みんなに挨拶!
そう意気込んでいた私は、公民館を過ぎたあたりの角にある家の中から、窓越しにこちらを見ている80歳くらいのおばあちゃんに気づいた。会釈と一緒に「こんにちは」と口を動かし挨拶をした。

それからというもの、今日も皺くちゃのおばあちゃんは、私を見ている。家に帰ってその話をすると、そのおばあちゃんは「としかさん」という一人暮らしのおばあちゃんだということがわかった。

「あ、今日もお相撲見てるよ」
「今日は編み物してる」
「あれ、カーテンが閉まってるなあ。外に出ちゃったのかな」
そんな調子で毎日の登下校でおばあちゃんちの窓を、遠くから覗くのが日課になった。会釈をして挨拶をすると、いつも手をあげて返してくれるのが嬉しかった。

ある日、いつもと変わらずおばあちゃんの家の前を通り窓を覗こうとした時、なんと、おばあちゃんが杖をついて、玄関先で私を待ってくれていた。そして、「待ってたよ〜!おかえり!」といつもの調子で手をあげて、優しく微笑んでくれた。
初めてのお話に、嬉しさと少しの照れ臭さで、「ただいま…….です!」とぎこちのない返事をしたのだった。

それから、次の日も、次の日も、私がおばあちゃんの家の前を通る時間になると、おばあちゃんは毎日、お家の中からか、天気の良い日には外に出て、私の帰りを待ってくれていた。

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良く晴れていたある日のこと。
「今日は息子と一緒に神社に行ってきたの。これ、お土産よ」
笑顔でそう言って、しわくちゃの手に握られていたのは、赤い交通安全のお守りと茶封筒だった。家に帰って封筒の中を見ると、なんとも美しい達筆文字で綴られたおばあちゃんからのお手紙が入っていた。

「いつも挨拶をしてくれて、ありがとう。あなたが毎朝、毎夕、窓の外から挨拶をしてくれるのが、おばあちゃんの楽しみになっています。ありがとう」
そう綴られていた。

学校の先生、両親、祖母から「挨拶はしっかりするように」そう教えを受けていたからか、“挨拶”をすることに特別な意識を持っていなかったけれど、挨拶には人を繋げてくれる、温かい気持ちにさせてくれる、そんなパワーがあることを身をもって実感した。私の挨拶で、人を勇気づけられることを知った。
家族以外の人から「おかえり」と迎えてもらえる、山の中にある小さな部落が大好きになった。

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私が大学生になった時、おばあちゃんが旅立ったとの知らせを聞いた。突然の知らせに、帰省もできず、ただただ、天に向かって「ありがとう」を念じた。涙が頬を濡らした。

私は今、東京で会社員をしている。
一番大切にしていることは、もちろん挨拶。誰もこの人苦手だなあ……と感じる人はいると思うが、私の場合、それは挨拶ができない人になっているくらいだ。

人と人、心と心を繋ぐ、挨拶の温かさ、大切さを教えてくれた。としかおばあちゃんありがとう。
大都会の乾いた空気が性に合わない気もしているけど、会社で、アパートで、すれ違う人にはせめて会釈でも、届け続けていきますね。