私は「推し事」をしていると、とても幸せな気分になる。推し事とは、推しを応援する活動全般を指し、コンサートへ行ったりグッズを買ったりすること。
「推し」と聞くとアイドルやアニメのキャラクターを思い浮かべる人が多いかもしれない。でも、私の推しはそのどちらでもない。
お笑いに出会ったことで笑顔が増えた
私の推しは、いわゆるお笑い芸人だ。お笑いの魅力に気付いたのは新型コロナウイルスの流行がきっかけだった。
高校3年生の春、新型コロナの蔓延により休校になって学校へ行けなくなった。登下校がない分、自由な時間が増えた。大学受験に向けて勉強すれば良かったのだが、やる気が起こらず、何もしない日が続いた。怠惰な日々の中でYouTubeを観ていると、ふと目に入ったのがお笑い芸人のチャンネルだった。
何の気なしに見始めると次々に別の動画が観たくなり、あっという間に1時間が経ち、2時間が経ち、一瞬で夜になった。つまらない毎日に飽き始めた頃の私を笑顔にしてくれた。それから私は取り憑かれたようにそのチャンネルにアップされている動画を観まくった。
ゆるりと喋る様子や仲の良い雰囲気を観ていると、男子高校生の休み時間を覗き見しているような感覚になった。彼らが出演するテレビ番組もほとんど全てを録画して、とにかく「追いかけて」いた。
当時は彼らのことを推しだとは思っていなかったし、もちろん推し事をしているつもりもなかった。でも今振り返ると、私にとって初めての推しは彼らだったなと思う。
私とは真逆の性格の女性芸人に惹かれた
受験が終わった2月頃、いつもの如くYouTubeを観ていたら新たな出会いがあった。
その時に観た動画は、ツッコミの女性芸人が面接官として様々な職種の人に話を聞き、その2人の掛け合いを楽しむものだった。
常軌を逸した行動をする人が面接を受けに来るのだが、言動のひとつひとつにツッコミを入れる姿が観ていてスカッとするほど気持ち良い。私は自分の意見をストレートに伝えることが苦手なほうなので、はっきり物を言う様子が普段は言えない気持ちを代弁してくれている気になった。それから私は彼女の虜になった。
可愛らしい顔立ちからは想像できないほどコテコテの関西弁で捲し立てるようにツッコミをする姿は、彼女のことを詳しく知らない人からすると性格がキツそうに見えるかもしれない。大阪の下町で育った彼女が発する言葉は、関西人の私からしてもかなり訛っているなあと感じる。
それでもそこには彼女が面白いと思ったものを伝えようとする芯の強さがあって、キツい言葉とは裏腹に人懐っこく、誰とでも仲良くなれる明るさがある。私とは真逆の性格に惚れてしまった。
ラジオを聴くだけにとどまらない「推し事」
彼女の喋りに魅了された私にとって、相方とのお喋りを1時間以上聴けるラジオはご褒美以外の何物でもない。
聴き始めた当初は、放送が始まる数分前からイヤフォンをつけて待つほど心待ちにしていた。ところが最近は聴くだけでは物足りず、メールを送るようになった。毎週3通程度送り、それが番組内で紹介されることを期待して聴いている。
送るメールの内容は、学校から家までの帰り道に考えることが多い。誰にも邪魔されることなく、今日あった面白かったことを送ってみようとか、今週のメールテーマに合う思い出は何かあるかなとか考えながら歩く時間がとても楽しい。
実際に紹介されると、彼女たちを応援していることが伝わったように感じられる。メールを送るようになってからのほうがラジオを楽しめている。
仲間を見つけるためにも広報活動をしたい
このようにYouTubeを観たり出演番組を録画したりラジオにメールを送ったりと、毎日推し事に勤しんでいるのだが、唯一苦手なことがある。それは人に自分の推しをおすすめすることだ。
お笑い好きを公言すると、私自身も面白くないといけないのではという謎のプレッシャーを感じてしまう。別に音楽を聴くのが好きな人が楽器を弾けなくてもいいし、読書が趣味の人が奇想天外な物語を書けなくてもいい。それでも一発ギャグやモノマネのひとつもできない私がお笑い好きと言うのは気が引けてしまう。
本当は同じようにお笑いにハマった人と語り合いたい。仲間を見つけるためにも広報活動をできる人になりたい。
誰か、知り合いのいない静かなカフェなんかに行って、私と語りませんか。