ココロが危機を迎えたとき、わたしの目の前には「推し」がやってくる

「あぁ、この楽しかったひとときを、何があっても忘れたくないなぁ」
まだ推しという言葉がメジャーになる前から、わたしはオタクだった。
オタクを名乗れるほど推しについて詳しいかと問われると、正直自信はない。
ただ、確かに好き。それだけは胸を張れる。
誰かを推し始めると、長いこと好きでい続けるケースが多い。
一途かどうかは、今回は端に寄せておこう。
16年、14年、10年、ある3組の芸人さんのファン歴である。
わたしは小さい頃からお笑いが好きだ。
彼らにハートを射貫かれたタイミングは、いずれもココロが危うい時期。
人生の恩人と言っても過言ではないのだ。
笑うという行為は、心の養分だ。
これはわたしの名言風な標語。
医療の分野でも笑いを取り入れていると聞いたことがある。
この標語もある意味、的を射ているのかもしれない。
高校生のころは勉強そっちのけでお笑いライブに通っていた。
卒業後も、そして今に至っても。
現在は"通う"ほどではないが、生活の一部であることに変わりない。
出待ちをして、差し入れやお手紙を渡し、写真を撮っていただく。
若さの勢いに任せてそんなこともしていた。
ずっとお笑い好きでやってきたわたしに、今度は別ジャンルの救世主が現れた。
それは11年前。
白黒と化したわたしの世界に色を与えてくれた。
お笑いライブしか知らなかったわたしに、ライブハウスという場所を教えてくれた。
音楽に身を任せ、踊ることを教えてくれた。
自分には縁遠いと思っていたフェスにも連れてってくれた。
行けるライブは全部行った。
日々のアレコレを忘れられる時間。
彼らの存在が、わたしを生かしていた。
そしてつい半年前、久しぶりの感情が乾いていたココロに芽生えた。
今度はあるV系バンドがわたしを生かし続けようとしている。
自分でも、まさかだった。
また推しができたこともだが、その対象がV系バンドだったこと。
深夜、ザッピングの手をなんとなく止めた。
ある音楽番組に彼らが出ていた。
トークコーナーと歌唱映像。
ほんの10分ほどの尺だったが、彼らが気になって仕方なかった。
気づくとYouTubeを端から端まで観ていた。
彼らにハートを射貫かれたタイミングは、いずれもココロが危うい時期。
序盤にも書いたが、これが本当に不思議である。
何者かがわたしに彼らをあてがっているのではないか。そう思わざるを得ないほどに不思議だ。
推しのツアーが先日まで行われていた。
運良く何ヵ所か参加することができた。
ツアーが終わり、その思い出を頭の中の映写機が頼んでもいないのに動きだし、胸がキュッとなる。
バンド好きの方であれば、わかっていただけるのではないだろうか。
つい半年前に好きになったこと、つい半年前はココロが危うい時期だったこと、それを救ってくれたこともまた、キュッとなる要因だった。
このときに、「あぁ、この楽しかったひとときを、何があっても忘れたくないなぁ」と想ったのだ。
あのときのお笑いライブも、出待ちも、はじめてのライブハウスも、はじめて全力で跳んだ日も、聴きたかった曲をやっと聴けたライブも、はじめてのV系のライブも、行ったライブ全部、見た景色全部、何があっても、忘れたくない。
現実逃避と言われれば、それまでだ。
だが何度でも言う、わたしは彼らに生かされている。
命の恩人でもある。
学校、部活、友人、家族、その他諸々。
記憶にはいろんな出来事、いや、日々のなんでもないことも刻まれている。
そのどんな記憶よりも"推しとわたしの時間"という記憶は、わたしにはとても大切。
救われたという現象は、人間にとって至極、感動的なことなのだろう。
近年、人間の寿命が延びている。
しかし健康な状態かどうかは別である。
日々のなかで危険なこともたくさんある。
いつ記憶を失うか、自らでわかるものじゃない。
無論、他人にもわかるまい。
生きることに対して消極的なわたしに、生きている実感をもたらしてくれる彼ら。
網膜の映像。鼓膜の記憶。全身の感情。
全部全部忘れたくない。
なにがあっても。ぜったい。忘れたくない。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。