四年かかった。この恋に決着をつけるのに、丸四年必要だった。
それは私ではなく、私の親友の恋の話だ。彼女はかつて一方的にゾッコンラブだったが、ひたすら振り回されつづけた相手と、つい先日ようやく別れることができた。
私と彼女は看護師。相手は医師だった。同期の新規入職者として歓迎会で出会い、同じ卓上で焼肉をつついたのがファーストコンタクト。

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彼はいわゆる「悪い人」だった。彼女の好意を利用し、愛を搾取していた。その「悪い人」が自分の都合で彼女に会ったり会わなかったりするたびに、わたしは、「女性を馬鹿にするな!看護師を舐めている!」と激昂した。

が、彼女は恋の下僕であり、「悪い人」にデートへ誘われると舞い上がり、指折り数えて会える日を待ち、お洒落をしていそいそと出かけてゆく。そしてまた、夢のようなデートが終わると彼が連絡を寄越してくるまで子犬のようにいい子で待っているのである。

「悪い人」のことを、好きで好きで、たまらなく好きだったことを傍で見て知っていた。
彼女は「悪い人」を庇い、「いいところもあるんだよ。すごく優しくて気も合うんだよ」とふにゃふにゃ頼りなく微笑んだが、私からすると彼女が誠実な扱いを受けていないのは明瞭だったし、「今は仕事一筋で、結婚どころか交際にも前向きになれない」と話しておきながら恋愛の楽しいどころ取りをする彼が「優しくていい人」のはずがなかった。

でも、彼女の気持ちも理解できた。彼女は恋焦がれ、純粋に「悪い人」を待っていた。いつか振り向いてくれる。大切にしてくれる。結婚してくれる。
最初はドクターと結婚したいというミーハーな気持ちがあったようだが、ミーハー心だけでは四年待てないだろう。彼女はまさしく恋をしていた。
いつかは分からないけど、きっと恋人になれる、奥さんになれると信じていた。

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いや、ちょっと待って。
「ねえ。結婚、していただきたいわけじゃないよね」
「本来、お互いのことを大好きだから結婚するんだよね。結婚していただきたいわけじゃないよね」
私は何度もそう諭した。彼女も色々と思うところはあったようだが、「悪い人」と別れることはできなかった。

「悪い人」自身もそんな奴のくせに彼女を可愛く思っており、出会いから二年経った頃、医師として一人前になったら結婚するか、とかなりの小声でごにょごにょ彼女に求愛したそうだ。

彼女は私にすぐ電話で報告し、私たちは(いままでの彼の非誠実な扱いはすべて忘れたフリをして)大層喜び、労いあった。良かったね。本当に良かったね。結婚するんだね。
その後も「悪い人」のご両親に紹介されたり、大学の同期の医師たちと食事をしたりと彼女は「本命」コースをまっしぐらに進んだ。かのように見えた。

「年頃のお嬢さんをいつまでも待たせるんじゃない。女性とのことはきちんとしなさい」と至極真っ当な注意をご両親から受けた彼は、なんとかえって結婚に怖気付いた。
ここでまた、ふんわりとした恋人関係に戻り、将来を約束した仲から降格した。
結局、彼は自分だけが可愛かったのだ。

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ここへ来て彼女は気づいた。
あれ。私のこと大事じゃない?全然大事にされてない?
この四年間、私が放った「別れなさい別れなさい別れなさい」攻撃を躱しつづけてた彼女もそろそろ引き際だと実感し、「私はあなたを諦めようと思います」と告白した。
すると「悪い人」は別れを強く惜しみながらも、「君は妹のような存在だった」と彼女に伝えた。

お分かりいただけるだろうか。
彼は「悪い人」どころではなかった。卑怯者だった。恋を楽しみ、期待させるだけ期待させた結婚には向き合わず、とうとう「妹」呼ばわりしたのだ。
恋愛相手だと思っていなかったと言ってるようなものだ。慕われていたから可愛がっていただけだと、自分には非はないと、あからさまに責任逃れしたのだ。

彼女はついに夢から覚めた。恋という夢のような呪いが解けた。彼が好きだとまだ胸がチクチク痛むが、対等な恋人同士になりたかったと気づけた。
結婚、していただきたいわけじゃなかった。自分と一緒にいたいと思ってほしかった。自分だけが「会いたい」と思ってるんじゃないと言ってほしかった。

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私の可愛い親友を深く傷つけた彼を私は一生許さないし、街で出会ったならば飛び蹴りのひとつやふたつ放ちたいと心に決めている。が、大切なのは、恋の呪いを解けるのは自分だけと学べたことだ。

お互いを好きで好きで仕方ない、魂の片割れのような相手。替えのきかないただひとりの人。そんな人を探そう。恋の前で人は無力だが、女の子は強かだ。前を向いて、また恋を探すのだ。今度は愛し、愛され、ずっと一緒にいられる人を。

私は彼女がこの先ひとりでも、結婚しても、事実婚でも、形は問わず、「しあわせだ」と思える日々を送ってほしい。大好きよ。