スーパーで買ってきたマスカットのショートケーキにフォークを入れる。
去年はコンビニのモンブラン、一昨年は母が作ったパウンドケーキ。
毎年毎年10月3日には小さなケーキを食べる。
一年早かったら、あれさえなかったら、きっとこの日は大切で、もっと大きなケーキを買って、思い出を語りながらケーキ入刀の再現なんかをしていたと思う。
わがままだとはわかっている。
でも悲しくてあきらめきれない。
今日は挙げられなかった結婚式記念日。

◎          ◎

私たちが挙式日を決めたのは2019年11月。
まだカップルだった私たちは、都内の某結婚式場に一目惚れしていた。
天然光に照らされた暖かな印象の教会。
華やかさはないけど、ゲストの顔がよく見える披露宴会場。
「ぼったくられるから一番最初に見学した式場は契約しない方がいい」
ネットにはそんな意見もあったけど、私たちは2人の直感を信じた。
大安ではなかったけれど、大好きな金木犀が式場の庭で咲き始める人気のシーズンだと聞いていた。
人生に一回の晴れ舞台。
前年に親しい友人の式へ参列したことで、式への憧れは高まるばかりだった。
無事挙式できると思っていた。

新居への引っ越しや前撮りの日程を決め始めた2020年頭、あれがやってきた。
新型コロナウイルス。
「インフルエンザみたいなもの」「夏にはきっと収まっている」
初めは誰しもそう考えていたと思う。
しかし、4月には日本で初めての緊急事態宣言が発令。
春が過ぎても、夏が始まっても、一向に感染状況は良くならなかった。
SNSで知り合った同じ会場のプレ花嫁さんとDMでやりとりをしていたものの、強行するか、延期するか、式自体を中止するか。
文面で分かった。
みんな泣いていた。

◎          ◎

「10月3日の朝さ~、思ったんだよね。本当だったら今日はるちゃんの結婚式だったんだよな~って」
友人が悪気なく、ふと思い出したように話し始める。
マスクをしていてよかった。
もししていなかったら泣きそうな顔がばれていたから。
二人の共通の上司の欠席を受け、私たちは式を延期した。
次の予定日は2021年5月。
転勤の可能性があるからその前で、かつ式場と披露宴会場の空きがある日。
二人の希望というより消去法、キャンセル料を払うならやっちゃった方がいい。
ゴールデンウィークの後だから感染者が増えてるかもしれないけど、しょうがない。
延期前の日付より私側のゲストの欠席が増えているけど、しょうがない。
しょうがない。
しょうがない。
しょうがない。
今でも思う、あの時私は本当に結婚式を挙げたかったのだろうか。

◎          ◎

ここまで読んでイライラしている人もいるだろう。
お金が無くて結婚式を挙げられない人がいる。
したくても事情があって結婚できない人がいる。
だからあなたは入籍して挙式できただけマシ。
その意見も正しい。
でも私はあえてその意見を受け入れない。
なぜなら私は誰かを見下して感じる幸せを、自身の「幸せ」としたくないから。
例えば今や日本にさえご飯が満足に食べられない子供がいる。
その子たちに比べたら毎日ご飯が食べられる自分はマシ。
だから賞味期限の切れたコンビニ弁当でも、冷蔵庫に眠っていたカッピカピのご飯だけでも幸せ!
……残念ながら私はそういう考え方ができない。
せっかく食べるなら美味しいものが食べたい。
そのために頑張って働いて、疲れていても野菜が食べたい。
叶うなら将来、困っている子供を食べさせられるような徳の高い人間になりたい。
あの人よりは良い、ではなく今の自分よりも良い自分になりたい。
この向上心があの日への執着につながっているんだと思う。
あの日、式を挙げていれば参列できた祖父や友達。
緊急事態宣言が出ていなかったあの日なら、提供できた地元のアルコール。
タラレバの話は嫌い。大嫌い。

◎          ◎

「今日デザートあるの?やった!」
嬉しそうな顔をする彼。
転勤や昇進で忙しかった日々の中で、未遂に終わった挙式記念日を彼は忘れてしまったようだ。
私もそれについてとやかく言うつもりはないし、夫婦関係が穏やかならば余計なことを言う必要もない。
それでもこの日が来るたびに考えるのをやめられない。
二人で決めた挙式記念日。
希望にあふれ、心待ちにしていたハレの日。
毎年一人で祝い続けるこの日を、いつかただの一日にできる日は来るのだろうか。