彼氏と同棲を始めて9ヶ月が経過した。同棲する前に上司に世間話のノリで伝えたら、「一緒に暮らすって最初はやっぱり大変だよ、合わせないといけないことがたくさんあるし」と言っていた。

ふむ、合わせる、か。腑に落ちない感覚もあったけれど、先人の知恵は聞いておくに限る。「なんで私が合わせないといけないわけ??」っていう傲慢な気持ちは隅に置き、あっという間に同棲生活はスタートした。

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彼は一人暮らしの経験があるお陰で料理、洗濯、掃除、何もかも出来た。実家から出たばかりの私は料理なんて特に少しも出来ない。ゴミ出しのルールもなんかよく分からないし、光熱費の支払いだっていくら位払うのか見当もつかない。そんな差がありつつも、教えてもらったり調べたり慣れていくうちに、家事は問題なくできるようになった。

怒ることの少ない私と彼は、喧嘩をすることも無く穏やかに暮らしていた。暮らしのルールも特に決めず、お互いがなんとなく家事をして助け合っていた。

何の問題もない。人と暮らすって全然難しくないじゃん!
そう思いたいけれど、同棲して半年ほど経つととあることに気づき始める。それは私と彼の「家事に着手するタイミング」の差であった。

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私は何かと全てを片付けてから一息つきたいタイプ。起床後や帰宅してすぐに、全ての家事を一気にやってから綺麗な状態で休みたい。
一方彼は、落ち着いてから家事を始めるタイプ。起床後や帰宅してすぐはまず、ソファでスマホをいじって数十分。満足してからゆっくり立ち上がってゆっくり家事をする。

「さっき洗い物するって言ったのにまだしてないの?」「汚ーい!先にやっちゃえば良いのに」こんな台詞が増えていく私。
「今帰ってきたばっかりだから」「もう少し休ませてよ〜」いつもそう返事する彼。

とある日、この会話をしたあとに片付けをしない彼と汚いシンクに無性に腹が立って、洗い物を自分でやってしまった。家事を終えるとスッキリするのに、その日は一向にスッキリしなかった。
片付いたシンクを見た彼は「あれ?俺があとでやるって言ったのに君がやったの?」と言った。「うん、そう」と不機嫌に頷くと、彼も「……ふーん、ありがと」と静かなトーンで答えた。

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私はこの時、ああ間違えたと気付いた。
こんな風に家事をやっても、お互いに良い気持ちにはならない。
素直に彼のペースに任せてやって貰えば良かったのだ。勝手にイラついて彼の仕事を取るなんて間違っている。こんな形での私の手出しは彼にとって何の助けにもならず、気持ちのいい感謝の言葉すらも貰えないのだ。

上司が以前に言っていた“合わせる”という言葉がふと脳裏をよぎる。合わせるってこういうことだったのか、ってようやく気づく。
私にとって“合わせる”というのは、相手のペースに合わせるために自分を“変える”ことだと思っていた。なんで私が変わらなきゃいけないのさ?なんて考えていたけれど、別に変化する必要なんてなかった。

相手のペースを認めて、相手のリズムを知って、「お好きにどうぞ」と放っておいてあげることも一つの“合わせる”という行為だ。思い返せば、せっかちで全てを先に済ませたい私に「もっとゆっくりしなよ」なんて彼が言ったことは一度も無い。放っておいてくれて、邪魔もせず、尊重して、認めてくれた。これがきっと一緒に暮らす上での“合わせる”なのだろう。

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この秘訣に気づいてからは、「早くやりなよ」なんて言うことはしなくなった。どんなにのんびりしていても、「俺がやる」と言ったことは必ず数十分後には片付いているという揺るぎない信用もある。

私たちはこれからもきっと一緒に仲良く暮らしていく。相手に“合わせる”の本当の意味を知って、私たちの暮らしはより一層豊かになった気がする。