学生の頃、わたしは仕事が大好きだった。
働くことが生き甲斐だったし、辛いこともあるけれどちゃんと楽しかった。
社会人になってもそのままだと信じて疑わなかった、あの頃のわたしはもういない。

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新卒で勤めた会社は、上場しているベンチャー企業だった。
営業職だったが、「数字を取れなくて怒られても文句は言えないよ?」と、上司が堂々と言うようなドブラックだった。
毎日「なぜ今日は目標(という名のノルマ)に到達できなかったのか」と問い詰められ、社内で定期的に定時を過ぎてから行われるテストは、合格点に届かなかった人の名前が全社に公開される。
休憩が1か月以上なかったり、お手洗いに行くことを咎められることもあった。
会社で過呼吸を起こすことが増え、非常階段でうずくまっているうちに、うっかり会社に1人残され閉じ込められそうになったこともあった。
土日が休みで病院に行くこともできなかったわたしは、有給が発生した瞬間に有給を使って病院に行き休職した。
その後、復帰できずに入社1年と経たず退職した。

その次に勤めた会社では、上司や社員から手を握られたり、肩やお尻を触られるなどセクハラを受けたり、会社からの支給品を捨てられるなどのいじめを受け、続けることができなかった。

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その後、短期の仕事をいくつも渡り歩き、やっと見つけた仕事も解雇。
もう、履歴書に職歴は書き切れない。
すべて書くとはみ出てしまう。
社会不適合者なのだ、と思う。
わたしには発達障害があり、社会でうまくやっていくことが難しい。
発達障害者は、二次障害といって、鬱など他の病気を併発しやすい。
その特徴ゆえに、一般社会に馴染めないことでいじめの標的にもされやすい。
生まれつき生き辛い。

学生の頃は「そんなの言い訳だ」と自分に言い聞かせて努力してきた。
けれど、蓋を開けてみればこんな結果になってしまった。
働くことが楽しかったはずなのに、今ではもう働くことが怖くなってしまった。
たった数年で、こんなにも価値観は変わるものなのかと思う。
面接で「なんでこんなに仕事辞めてるの?」と言われることもある。
ヤケになって「発達障害があって社会不適合者だからです」なんて言いたくなるときもある。
だけど、お金がないと生活ができない。
社会不適合者な自覚はあるし、どの仕事もいつ辞めるかわからないから、いつも不安で多少貯金はしてきた。
餓死も嫌だしホームレスも嫌だから、仕事を辞めたら、それが底を尽きるまでに次の仕事を見つけないといけない。
それが今のわたしの仕事との距離感。

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ただ、繋ぎのために仕事をして辞めての繰り返しは、いったいいつまでできるんだろう。
20代のうちは、若さで採用してもらえるだろう。
30代、40代と年を重ねるうちに難しくなるのは目に見えている。
わりとお先真っ暗だと思っているわたしに元気をくれるのが、かがみよかがみ。
サイト内を検索してみる。
「発達障害」104件、「休職」337件、「鬱」144件(2022/11/11時点)。
なんとなく、1人でいると「わたしだけがダメ人間」のように感じてしまう。
だけど、わたしと同じように発達障害であったり、他の精神的な病気であったり、休職をしていることが、少なからずいることがわかる。
「時給300円で働きながら夢を追う」方もいて(「TOEICで900点を取る私は、時給300円で働きながら夢を追う」)、とても素敵だと思った。

「わたしだけではない」と思えることは、とても心強い。
気分が沈むと、わたしはここを訪れる。
これからもエッセイをたくさん書いて、たくさん読んで、生きていきたい。