私は小学生の頃、いじめを経験した。
身に覚えのないことで、昨日まで仲が良かったはずの子から無視された。その子を中心に4人から嫌がらせを受け、10歳の私にとって絶望の毎日だった。

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よくいじめられる側にも非があるなんていう意見も耳にするが、それはただの責任逃れだと思う。それにこの考えは、いじめられたことのある人は必ず言わないだろう。
自分が経験したことが無いから言えるのだ。この意見を持つ人たちは、自分や大切な人がいじめられていても、「目を付けられたお前にも原因があったんだろ」と言えるのだろうか。

こんな思い出したくもないような経験を受けていた私には、2つの選択肢があった。大人に相談するか否か。
もし親に打ち明けて、自分の子供がいじめを受けているなどと知ったら悲しむのではないか。勉強もろくにできないのに、人付き合いもまともにできない子供に失望するかもしれない。先生に相談してその子たちが怒られたら、今よりも過激になるかもしれない。
でも、このことを相談したら、大人は助けてくれるかもしれない。心が軽くなるかもしれない。

毎日親にばれないように、必死に笑顔を作って生活していた。学校での生活は楽しいよ!友達とこんな話をしたんだ!嘘で固めた自分は嫌いだった。
辛い。死にたい。楽になりたい。そんな考えがずっと頭に巡っていた。

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蝉が鳴き始めた頃、その日は図工の授業があり、絵の具で絵を描いていた。クラス中がワイワイ喋りながら描いている中、私は1人で早く終われと呟いていた。
授業が終わる間際、みんな水道でバケツやパレットを洗う。その時、色が混ざり合い、私の心のようにくすんだ色の水が頭から降ってきた。白色のTシャツが汚された。
先生が慌てて駆け寄るが、バケツをぶちまけた張本人は「手が滑ってしまった」と言って注意だけで済んだ。この時間から家に帰るまで、汚いTシャツで過ごす羽目になった。

こんな姿で娘が帰ってきたら母も驚くだろう。
「何があったの?」
すぐに答えられなかった。
「誰かに嫌がらせされた?」
図星だった。胸に何かが刺さったように痛かった。限界だった。

私は泣き崩れ、今までのこと全て話した。母は黙って聞いていた。
が、話を聞くにつれて母親も泣きだした。「辛かったね。気付けなくてごめんね」と私の背中をさすりながら抱きしめてくれた。

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「とりあえず、ご飯食べよう」と母は立ち上がり、ご飯の支度を始めた。今は誰かのそばにいないとダメな気がして私も手伝った。
その日の夕食はカレーだった。母の作るカレーには牛肉なんて高価なものは使わず、豚肉の細切れが入っている。

いつもは父の帰りを待っていたが、今日は先に2人で食べた。
「辛いなら学校なんて行かなくてもいいよ。逃げるな、なんて言わない」と母がカレーを食べながら一言。
「うん」
「あなたは辛いことがあっても溜めちゃう子だから、しんどい時には吐き出しなさいね。いつでも聞くんだから」
「うん」
「お母さんはあなたの味方だよ」
母の作る少し安っぽいカレーが少し塩辛かったのは、あの日だけだった。