「沢田ってマスクつけるとカワイーw」
あ、マスク外すとブスなのバレてた。マスク姿の私は他人を期待させてしまう。それを悪いと思いつつ、顔の下半分を晒すと最初から相手にされないから外せない。
「沢田、脚細いね!」
この膝にのった醜い贅肉までしっかりと確認した上で言っているのだろうか。私に期待しないでほしい。
◎ ◎
異性に告白されたことがある。
相手は、私の胸がピンポン玉くらいの大きさということを知ったうえで、好きだと言ってるのだろうか。
気になって仕方ない。
私に宛てた、好きという言葉は、私でない私に向けられる気がして、いつも居心地が悪い。
胸のサイズに自信を持てないから、オーバーサイズの服を纏って誤魔化していた。
騙しているみたいで常に後ろめたさがあった。
「沢田のこと、好き」
「好きな人がくれるものはなんでも嬉しいよ」
「好きな人とキスすると気持ちいい」
私の素顔を知らない相手に好きと言われても全然嬉しくない。
私は相手の、「一時的に」好きな人だ。
恋愛の好きは一時的な、いずれ溶ける魔法。「好きな人」でなくなった途端に、私は許されなくなる。
ドラマの、池袋ウエストパークのマコトの言葉の受け売りだけど、付き合うって、好きな人と好きな時にとタダでセックスを出来るだけだと本気で思ってた。
男性は誰しも、性器を摩擦させること以外にも、女性のふわふわの胸を触ったり舐めたりしたいのだろう。
ふわふわの胸がない私はただの穴としての要素しかないけど、それでもいいって人はいるのだろうか。
ああ、いつか裸になったら、幻滅されて、捨てられるに決まってる。脱ぐのが怖いな。
胸だけじゃない。
私の顎は幼い頃から歯列矯正をして作り上げた人工的なものだし、私の脇は夏になると臭いし、私は動物みたいに爪切りを使わないで爪をむしって長さを調節している。
ああ、私の素顔を見せたら、幻滅される。
◎ ◎
美女と野獣なら野獣、鶴の恩返しなら鶴、シェイプオブウォーターなら魚の化物。いつだって私は人外に共感してた。
醜い容姿を後ろめたく思っている彼らは、ありのままを受け入れられたがる一方で、拒否されるのが怖くて逃げる。あ、私だ。
醜いのは容姿だけじゃない。思考とそれが現れる言動や振る舞いも。
ああ、また私は拒否されるのを恐れて、偽っている。偽って褒められても全然嬉しくない。思ってもいないことを喋り、思ったことを黙っているほどに、私でない私の輪郭が濃くなる。
そうなるくらいなら、無駄な言葉すら喋らずに存在を消したくなる。
「好きです」
一般的には、恋愛の、甘酸っぱい匂いがする、告白という言葉。
私にとって、他者に好き、と伝えるのは、とても簡単なこと。2月14日の学校で、女友達にチョコを配り歩くくらい簡単。
生ぬるくて甘い告白ではなくて、私は許されないと思っている、醜い素顔を誰かに告白したくてしょうがない。
とても難しいけど、それが告白だと思ってる。
相当勇気が必要で、勿論達成できたことはない。そもそも、素っ裸になった醜い私を、見返りなしで丸ごと許してくれる人はこの地球のどこかにいるのだろうか。
◎ ◎
「沢田さん、大変なんですね。自分としては、良い人がいればな〜って感じで、今後沢田さんともどこかに出掛けたりしたいんですけど……」
相手がおもむろにスマホを取り出す。
次に相手が繰り出す言葉を心の中で呟く。
『LINEやってる?』
相手の声と重なった。
「LINEはプライベートなのであんまり人と交換してないです。すみません」
事前に用意した台詞を自動返答音声のように唱える。
「えー。じゃあカカオとか」
「ごめんなさい。何かあればこのアプリでお願いします」
LINEやってる?って。会う約束なら今のチャットアプリの機能で十分なのに。
私は相手の下心と引き換えにして相手に許されたい訳ではない。
ああ、またこの人も私が告白するに値しない相手だったな。
この人に許されても全然満足できない。
私はマスクを正しく付け直し、直線的なコートで身体の輪郭を覆い隠し、席を立った。