彼女は、私が幼稚園から知る友人だ。
勉強が出来て、運動が出来て、ピアノが弾けて、性格が良くて、年齢や性別を問わず人に好かれる自慢の友人。
彼女の母親に関しても此の親にして此の子あり、というタイプの人間の出来た人だった。

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彼女は、常に冷静で感情的になる事がない。
出しゃばる事も大人し過ぎる事もなく、馬鹿なノリにも合わせてくれる器用さとユーモアのセンスと優しさがある。

学校生活の全ての事においても簡単に卒無くこなす彼女であったが、決して人を馬鹿にしたり才能をひけらかす事もしなかった。
中にはそんな彼女に嫉妬をし、妬みを言う女の子も居たが、彼女に対してそんな感情を持つこと自体、お門違いで滑稽なさまに見えた。

それから時間は経過したが、私には彼女の芯にある、クリアでブレのない重い強さのような部分が出会った時から変わらないように感じる。
私は彼女に会うと毎回心癒され、落ち着いた。

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そんな彼女と久々にお酒を飲んだ。
彼女は、小学生時代に好きだった同級生と先日、お酒を飲む機会があったのだと話を始めた。

「『あの時、両思いだったよね』って言われたんだ」
それは、彼女が小学生時代に好きだった男が彼女に放った言葉だそうで、彼女はそれを嬉しそうに私に話す。
私はそれを聞いた瞬間、同級生の男に強い不快感を感じた。

あぁ、あの男はそんな言葉までスラスラと口に出せるようになったのか、と。

彼は小学生時代からよくモテる男だった。
そしてそれは、彼自身がその事に無自覚で興味すらない点が、更にモテを加速させているように見えた。
調子に乗らず、女に無頓着で、真面目で清潔な純粋さ。
だが、それは彼が高校生になり、関わる世界が広がると同時に消滅する事となった。
彼は気付いてしまったのだ。
自分という人間が、自分が思う以上に優れた人間なのだと。

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それからの彼の勢いは年齢と共に増すばかりであった。
名門大学に通い、海外留学をし、日々自信を付け続けていく様子は、定期的に変わる彼のLINEのアイコンからも簡単に読み取れた。

社会人になると、多くの同級生の男たちは彼の就職先を羨んだ。
彼の口から放たれる言葉の端々には、"失敗なき華麗なる人生"がどんな単語からも溢れ出ているようだった。
私の目には、その姿はもはや怪物のように見えた。

"あの時、両思いだったよね"
彼女は彼がそう言ったと言う。
昔の彼ならば、そんな言葉が出せただろうか。

私の記憶では彼は昔から学年のマドンナに好意を抱いていた。成人式の時にも学年のマドンナの隣のポジションを誰にも譲らなかった。
なのに彼は簡単に"両思い"などと呟く。

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随分と軽い男になったのだな、と心底残念に思った。
嫌悪感を抱かれる事など想像もしていない人間にしか放てない言葉は、彼の過去の恋愛においての成功体験の積み重ねを物語っていた。
私の友達がこの言葉に何を思うかを考えない残酷さと、自分には恋人が居ながら何の未来も生まない言葉を自分勝手に言えてしまう怖さに、彼の中の過去の彼は完全に消えてしまったのだと感じる。

私の友達を舐めるな、と思った。
彼の健康的で目障りな悪意なき行為は、これから先も繰り返される気がした。

私は、彼の出来過ぎたここまでの人生に、自分の人生にはなかった栄光を見る度、勝手に劣等感を感じ、強い嫉妬心を抱く。
時間の流れは残酷で、彼が色々な富を手にし、輝きを増すほど、私は彼が苦手になっていった。

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彼はいつか、他の人間と同様に命を絶ちたくなる程の絶望を感じる日が来るのだろうか。
彼の人生のシナリオに転落はないのだろうか。
無意識に彼の人生のバッドエンドを望んでいる自分に嫌気が差す。
私の友達への愛は、他者への殺意を生んでいる。

思わず、タモリさんの「戦争がなくならない理由」という話を思い出す。
タモリさんは「愛がある以上、戦争はなくならない」と仰っている。
これは、大切なものが壊されたら大切なものを壊した相手を怨むから、という意味の言葉だ。

愛は、簡単で難しい。