今から10年前。人は沢山いるのに、ひとりぼっちの教室。学級委員に立候補していた、快活な男の子と目が合い、声をかけられた。

「A小だったんでしょ?」
「うん。〇〇(名字)くん、よく知ってるね」

新しい環境になってから、ひさびさに声帯を震わせた。自分の声の音を思い出した。

「A小には知り合いが多くてさ。あと、俺のことは名前で呼んで。みんなそう呼んでるから!」
みんなの輪に入れて貰えたようで、嬉しかった。
「珍しいね。名前って、〇〇(名前)だよね?」

小学校の頃は異性とは名字で呼び合っていた。名前で呼ぶのは親密の証で、異性とのそれをおおっぴらにするのはなんだか憚られた。でも、あたしが今話している相手は、今までにいなかった、太陽みたいな人だなって思った。君に届けの風早くんが少し重なった。

「そう。これLINEのID。登録しといて!」
名刺みたいな、名前とメアドとLINEのIDが書かれた小さな紙を貰った。みんなに配っている様子だった。

◎          ◎

このエッセイでは、彼のことを風早と呼ぶ。
風早は、すごかった。光の三原色の、全てが混ざった部分のように、あたしのような内気な人間から、廊下で暴れてる人間まで、全員の中心で眩しく輝いていた。
風早は遊びに誘うと断ることがない。あたしが遊ぶときは必ず風早がいた。というか、風早はどこにでもいた。

それから卒業して、あたしは風早と、もう1人の友達以外の同級生とあまり会わなくなった。
会う気がしなくてずっと返信を返さないこともあれば、遊びが思い付いたら突然誘う。気まぐれな扱いをしていると、友達はどんどん減ってったのに、風早は変わらず、断らないし、全く気にしていない様子だった。
風早は誘ったら今でもどこにでもついて来てくれるし、最近では他の友達に断られたスケートにもついて来てくれた。

風早と屋台で買った鍋をつつきながら、風早があたしが入ってない別のグループで最近遊んだという話をしていた。
ふと、遊ぶ相手が沢山いて、時間が足りないくらいなのに、どうしてあたしに時間を割いてくれるのか、気になった。

◎          ◎

「風早さ、なんであたしみたいな陰キャと関わってんの?楽しい?」

自分が暗いとかつまんない人間とか卑下するわけではないし、あたしはあたしのことが好きだけど、風早からみて一体なんなのか、わからなくなった。反応が少し怖かった。

「何?急に?そんなん考えたことねーよ。楽しいからだよ」

そうだ、理由とか、言葉でこねくり回さないんだ。だからみんな一緒にいて安心するんだ。あたしはいつも理由や目的、言葉の裏側を考え続け、人といる時は特に思考に囚われてうまく楽しめない。その態度は人のテンションにブレーキをかけ、相手まで楽しめなくなるという負のループに嵌まりがちだ。
でも、風早はあたしがどんな態度でも楽しそうにするから、あたしは一緒にいて楽なんだ。

中学を卒業しても、風早は数々の同級生と会い続けていて、その中には卒業してから風早としか会ってないって人も多いらしい。あたしもその1人だ。風早はいつまでもみんなの中心にいる。

そんな風早はもうすぐこの街を離れる。もういつでもどこにもついてきてくれて、連れて行ってくれる風早はもういない。けど、持ち前の軽いフットワークで休みには地元に帰ってくるんだろうな。
当たり前に朝に昇って夕方に沈む太陽に一々感謝する人がいないように、当たり前にそこにいて、話しかけたらすぐ返してくる存在に感謝したこともなかった。
今後も、どんどん関わる回数は減っていくのだろうけど、今まであたしに与えてくれた形ないものを、心の宝箱にしっかり仕舞って、ずっととっておきたい。