高校生の時、私は自転車通学をしていた。
私が住んでいた町から学校へ行くのには、バスは1時間に2本ほど。電車では、自宅近くの駅から学校の最寄り駅までは1駅、さらに駅から学校までは歩いて2キロと少しある。
無駄にお金を支払うくらいなら、そのまま、学校にとめられる自転車がましだ、というわけである。
片道6キロ、多少、雨が降る日は雨合羽を着て。

到着まであと1キロなのに。突然の神様のいたずらに足止めを食らう

その日は、朝から少し、空がどんよりしていた。
雨が今にも降り出しそうだったけれど、自宅から学校までの最短記録は20分。
「自転車をとばしてなんとかしなさい」と母に言われて、自転車で行くことになった。
しかし、前日の雨でびちょびちょに濡れた雨合羽は干すのを忘れて張り付いたままだった。
無理やり剥がすと破けそうで、雨合羽を置いていくことになった。
運が味方したのか、普段なら引っかかる信号と踏切はすんなり走れた。
残り、1キロと少しになった。

「今日はギリいけるかも」と思ったその時。
「ピタッ」。
嫌な感覚が顔を伝った。
その瞬間、「ザーーー」。降り出してしまった。
とりあえず、すぐ近くのガソリンスタンドで雨宿りしていた。
この辺りは通勤する車がひっきりなしによく通る。油断すると車が勢いよく、スカートに水を浴びせていく。

数年前に閉店した、古びたガソリンスタンドで私は祈った。「雨止んで」と。
ずぶ濡れになり、学校で1日授業と思うと自分のモチベーションが下がる。
残り1キロとはいえ、びちょびちょになるには十分なくらい降ってきた。
そんな中、学校の始業時間も迫る。もう出ないとな、と思って、気は進まないけれど自転車に足をかけた時、車が停まった。

私を見て、察知して、トランクを開けて出てきたものは

「あーあ、閉店してるの知らないのか。教えてあげよう」と思った矢先、30代後半の少し青みの強い、よく手入れされているだろうスーツに、ポケットには花柄のチーフを合わせた美容系か服飾系だろうか、俳優でいうと、伊藤英明さん似の長身の男性が降りてきた。
「学校は行かなくていいの?雨合羽はある?」と聞いてきた。
「雨合羽は置いてきて、そろそろ行かなきゃなんです。」

帰ったら「またクリーニング出さなきゃ」という母の小言を1時間聞かなきゃならないと思ったら気は進まないが、遅刻したらいけないから行くしかない。
「そうなの...」と男性は言って、静かに背を向けて歩き出した。
会社に行くために車に乗るのだろうと思っていたら、トランクを開けた。そして、また戻ってきた。
「これ、安いのだけど。ないよりマシ程度に使って。」
男性が手にしていたのは、100円均一で売られている雨合羽だった。
「お金お支払いします」というと、「いらないよ」というので、「ではお返ししたいので、連絡先伺っていいですか?」というと、「いらないいらない。俺もあなたと同じ高校出身なんだ。気をつけていくんだよ。」と言い残し、颯爽と車に乗り込み、居なくなってしまった。

安い雨合羽だからフードはゆるくて髪の毛はびちょびちょだったけれど、男性のおかげで制服は濡れずに済んだ。
その日は1日座学の授業だったけれど、スカートやセーラー服が張り付くことなく、部活までいつもと変わらない1日を過ごせた。
あの頃、雨は嫌いだったけれど、今は、雨が好きだ。
雨で体が冷えていても、名前も知らない男性がくれた雨合羽を思い出して、私の心は温かくなる。
雨が降るたび、思い出す。
綺麗なスーツを着た男性のスマートな気遣いを。
そして、私もあの日の私のような人に同じような心遣いができたら、と思うのだ。