Tちゃんは美人。

あれは高校生の頃だった。クラスメイトのTちゃんと2人で、制服姿で渋谷駅の構内を歩いていた。私たちの進む方向には、大声をはりあげて自分たちこそ青春を一番謳歌しているのだとアピールをしているかのような男子大学生の集団。そのうち何人かが私たち2人に目をやった。その値踏みするかのような目線を感じて、「あ、これ嫌だな」と瞬間思った。その時のことだった。

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「あの子めっちゃ美人!声かける?!」と一人が騒ぎ始めたのだ。
その言葉を受け「確かに美人」「超キレイ」と盛り上がる周囲。そこまでは良かった。そこまでは。

「でもさあ」と他の男子大学生が切り出す。「となり微妙じゃね?あの子だけだったら良いんだけどなー」

どっちがめっちゃ美人で、どっちが微妙か。迷うべくもなかった。
まだ制服のスカートが短いのが流行りだった頃。女子サッカー部に所属していて、日焼けして筋肉太りしている私の太く短い脚とは違い、Tちゃんの短いスカートからは、白く細く長くそれでいて筋肉が程よくついた脚が、すらりと伸びている。

小さな顔に、黒目がちですっと涼しげな目や鼻梁の通った鼻が、バランスよく配置されている。すっと赤い口紅の引かれた唇は、色白できめの細かい肌の上で、これまた栄えている。サラサラな胸まで伸びた真っ黒な髪の毛が、風を受けてなびくその出で立ちに、見とれているのは男子大学生たちだけではなかった。

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Tちゃんは美人。もうそれは紛れもなく。
でもそれだけではない。

勉強させれば最高学府of最高学府に合格してしまうし、英語日本語その他ヨーロッパ言語2か国語を自在にあやつり、走れば速く、歌が上手くてバンドのボーカルなどもこなしてしまうし、記憶力まで良ければ、なんと字まで美しい。その上明るく朗らかでお茶目、下ネタを言うことが大好きで所かまわず下ネタをジョークとして発してしまうという欠点さえ、「親しみやすさ」という長所になってしまう。

当然目立つ、そしてモテる。

バイト先に来た某超大物芸能人に芸能界のスカウトをされたり、高2で行った留学先でその魅力を発揮してアフガニスタン人に惚れられて、彼のフィアンセにそれはもう恨まれたという、一見眉唾なエピソードも、「ああTちゃんならね」と付き合いの長い友人は納得してしまうのだ。

それはもう安売りのスーパーの店頭のみかん詰め放題のように、スペックとエピソードが盛り込まれた、そんなすし詰め女なのである。そんなTちゃんは友人みんなから愛され、そして憧れられている。勿論、私も。

でも、更に言えば、それだけではない。

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「まよ生きている?」LINEグループができたのはいつの頃だったろうか。

高校を卒業した後、浪人生をしていた私が、精神疾患を発症し、ひきこもりニートになったことは、いくつかのエッセイで書かせていただいた。(人間関係を絶って半年。「死にたい」と言った私を友人は止めなかった )

キラキラと大学生活を楽しむ友人の姿を見たくなくて、LINE含むあらゆるSNSから半年姿を消した。友人の間からは、私の死亡説すら流れたという。現代の若者が社会的に死ぬのは、意外と簡単なことだと殻に閉じこもっていた私は知った。

そんな時だった。Tちゃん始めとする「まよ生きている?」グループが創立され、ちょこちょこと連絡が来るようになったのは。返信をできるときもあれば、できないときもあったが、Tちゃんは粘り強かった。

「みんなまよのこと大好きだからね」
「私はいつもまよの味方だから」
「まよなら絶対大丈夫だからね」
「無理しないで、ありのままのまよで良いんだからね」
と、そう声を掛け続けてくれた。

Tちゃんから何度もかけられた言葉は、私の中でお守りのようでもあり、心を温めてくれるホッカイロのようでもあった。あのとき殻に閉じこもっていて、他人の言葉など耳に心に入ってこなかった私にもじわじわと届いたのだ。

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どれくらいずっと声を掛けてくれたのだろうか。トーク履歴のバックアップを取っていなかった今となっては、調べる術はなく、覚えてもいない。でも「まよ元気にしている?」グループでもなければ「まよ最近頑張っている?」グループでもなく、元気でなくても、頑張れていなくても、ただ「生きている?」と存在確認だけしていたTちゃんをはじめとするグループメンバーにどれだけ救われたか。私はきっとそれを生涯忘れないだろう。

大学に復学し、少しずつ日常生活と現実世界に戻ってきて、Tちゃんとも会うようになった。Tちゃんと会うにつれ、Tちゃんにほんのりと憧れるだけだった高校時代の私が知る由もないことを、ぽつりぽつりと話してくれた。ここには詳しく書けないが、彼女自身も家族の事情で深く悩んだことがあること。いや、今でも悩み続けていること。そしてそのことを伝えた友人が私が初めてであることも教えてくれた。

その時、ようやく気付いた。
様々な事情を抱えていた彼女が、それでも朗らかだったのは、彼女の意志なのだと。誰に対しても変わらない彼女の明るさは、彼女の強さなのだと。傷ついた人は傷ついた経験と、そこから得た他人の痛みへの想像力で、こんなにも優しくなれるのだと。

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美しく、強く、優しい。
そんなTちゃんを推している私が、もし冒頭の男子大学生の集団のシーンに戻ったとしたら。今度はプレゼンをしに駆け寄っていってしまうかもしれない。Tちゃんは美人。それは紛れもない。でもそれ以上に内面はもっと美しいのだと、熱弁しに。

ヨーロッパに住んで結婚出産したTちゃんは、今春日本に帰国する。子育てをしながら博士課程に在籍し、博士号を目指すのだという。みかん詰め放題の袋は、もうパンパンだと思っていたのに。所与のものだけで勝負するのでなく、自ら努力し詰めていくTちゃん。「憧れは理解から最も遠い感情だよ」と、とある漫画の登場人物は言うが、やはり私はTちゃんに憧れてならない。