特集:私が、だれかを切実に頼ったとき

人間関係を絶って半年。「死にたい」と言った私を友人は止めなかった

私が、だれかを切実に頼ったとき

私が、だれかを切実に頼ったとき

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いきなりだが、ここで皆さんに質問。LINEのトーク通知は何件までカウントされるでしょうか?
答えは999件まで。2017年当時の私の場合、999件を超えるとアプリには999+と表示され、それ以上はカウントされなくなった。

こんな明日使えない雑学を、私はググることなく、実体験として知っている。何を隠そう私はLINEの通知をオフにし半年間放置し、1回も開かなかったことがあるのだ。
LINE全盛の今、特に若者が半年間もそれを放置することが何を意味しているか。
それは社会的な死だ。

楽しい思い出は、今の自分の情けなさを際立たせる、苦しい比較対象

あれは23歳のときだった。18歳のときに精神疾患を発症し、大学に入学するために人より2年多く時間をかけた。やっと滑り込んだ大学生活も、入学して楽しかったのはほんの束の間、再び精神疾患を悪化させ、閉鎖病棟に入院、そして2年間の休学。
23歳の頃の休学中の私は、うつ状態が強く、部屋に単純に「ひきこもる」だけでなく、一日中ベッドと自分の殻の中に「閉じこもって」いた。

精神疾患を発症する前の高校時代の私は、どちらかというと派手な方だった。性格も明るく友達も多い方だった。
しかし一度うつ状態になった私にとって、高校時代の楽しい思い出と愉快な友人たちは、「昔の私はあんなに明るくて楽しい人間だったのに、今は……」だとか「あの時一緒に楽しんでいた友人たちは、今も楽しそうにしているのに、私は……」だとか、今の自分の情けなさを際立たせる、苦しい比較対象になってしまったのだ。

なんの悩みもなさそう(に私には見えた)な友人たちと、そして同時に思い起こされる過去の自分と、今の自分を比べて僻んで嫉妬してしまう自分にほとほと疲れ果てていた。
連絡を取るとどうしても近況報告で「まよ最近どう?」だとか「まよ最近なにしてるの?」だとか聞かれてしまう。「家に引きこもってる」「一日中ベッドで寝ている」なんて言えなくて、苦しくて、私はLINEを閉じてしまった。

ネットでは、精神疾患の発症をオープンにしている同世代は多くいた

今なら分かる。あのとき私が自分の殻に閉じこもったのは、自分と自分の自己肯定感と自尊心を守る唯一の方法だったのだ。守るために、私は社会的な「死」を選んだ。

リアルの友人と連絡を取る代わりに、私が没入したのが、ネットの掲示板だ。
私の周りに精神疾患を発症していることをオープンにしている同世代はあまりいなかった。しかし、ネットには沢山仲間を見つけることができた。
「うつ 人生 オワタ」「うつ 死にたい」という、私のそのときの心情を、家族や友人に打ち明けることはできなかったが、Google先生でそのワードを打つと、同じことを思っている同志が沢山いた。

毎日色んなことをネットサーフィンして、色々な掲示板をさまようことが日課となった。他にやりたいこともやることもなく、その上そこ以外に自分の心のもっていき場所がなかった。リアルで友人と疎遠になっていく一方で、私はネットの掲示板に没入していった。
でも心のどこかで「今日こそはLINEを開かなきゃ」だとか「現実見なければ」だとか「きっと沢山心配かけているだろうな」とずっと思っていた。

誰とも連絡を取らない半年間を経てLINEを再び開いたのは、同居している姉を介して地元の友人から連絡があったからだった。
久しぶりに開いてみると、999+件ものメッセージが溜まっていた。その多くが企業の公式LINEが殆どだったが、ぽつりぽつりと色々な方面の友人からのメッセージが入っていた。
ちょこちょこ連絡をくれていた友人に「返事返せなくてごめん。ずっと引きこもっていた」と返すと、すぐに既読がつき、「おお生きていたか。大丈夫?まあ大丈夫じゃないか」と返ってきた。

大丈夫じゃない。きつい。情けない。自分が嫌い。昔の自分に戻りたい。死にたい。消えてしまいたい。
久しぶりのリアルな人とのやり取りに、半年間溜まっていたものが溢れだし、気づけば私はその友人にすがりつくようにすべてをぶちまけていた。

寂しくて、話を聴いてもらいたかった。自分を認めて欲しかった

お風呂すら何日も入れず、うつ状態がひどいこと。
世界中のみなに笑われている気がして動悸が止まらず、外出がままならないこと。
大学を2度も休学して親に迷惑をかけまくって情けないこと。
体重が24キロ増えて醜くなった自分をさらに嫌いになったこと。
何度もマンションの最上階の外階段に行き、ここから飛び降りたら楽になるだろうなと考えていたけれど、やはり決心がつかなかったこと。
そんなことをぶちまけて、最後に、「死にたい。消えてしまいたい」とLINEに打つと、少し時間が経って返ってきた返信は意外なものであった。

「まよが死にたいなら私は止めない。まよはもう十分苦しんで頑張ったと思うから、私は止めない。でもその代わりまよのこと私は絶対に忘れない。私は心に刻んで生きていくよ」

死にたいなんて言ったら絶対に止められると思ったのに。毎日死ぬことばかり考えていた私にとって、「死にたい」という気持ちを否定されなかったことは、逆説的に今の自分を認めてもらったことだったのだ。

気づけば涙が流れた。
ああ私はこんなにも寂しかったんだ。こんなにも誰かに話を聴いてもらいたかったんだ。こんなにも誰かから今の自分を認めて欲しかったのだ。死にたいという気持ち丸ごとそのまま、認めて欲しかったのだ。
久々の涙にそんなことに気づかされた。そして散々泣いたあと、久しぶりにお風呂に入った。何故だか、長らくないほどすっきりとした気分になった。

現在の27歳の私。あれから5年が経ち、大学を卒業し一般企業に勤めている。ここ数年は体調も心調も落ち着いており、「死にたい」と思うことはあまりない(たまにはあるけれど)。
今でも時々、掲示板という匿名の世界に没入した日々、友人にすがったあの夜の日のことを思い出す。今までも、そしてこれからも、リアルでは会うことのないけれど傷を舐めあった匿名の人々、そしてその時の私を丸ごと認めてくれた友人、その両者どちらもがいなかったら今私はきっと生きていなかっただろう。
ありがとうと直接伝えられない代わりに、私はこうして過去の自分に、そして誰かに届くように、こんな文章を書いている。

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