料理は、苦手だ。1週間の献立を考えて、買い物をして、次に買い物に行くまでそれぞれの食材を管理して、まいにち料理を作る。わたしはいわゆるマルチタスクが苦手だから、まず1週間に必要な食材も、それで何を作るかも考えられないし、必要なものをスーパーマーケットで探し出して揃えることも難しい。だから食料品の買い出しや料理は一人暮らしが長かった夫に任せてしまっている。
その代わり洗い物(と、洗濯と掃除)はわたしがすることになっているけれど、調子が悪ければシンクに食器やタッパーウエアが積み上がっていることもある。それでもやっていけているのはどんなにシンクが散らかってもなにも言わない夫と、洗ったものを乾かしてくれる乾燥機があるからだ。
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結婚をしていると“奥さん“と呼ばれることは多いし、以前いた職場では当然のように料理をするのは妻の側だよね、と作ったお弁当を手に話しかけてくるパートさんになんとなく苦笑いしてごまかしたりしていた。
今だってふとした雑談で料理は?と聞かれて夫がしてくれるんです、といえば「いい旦那さんだね!」と大抵の場合は言われる。果たして私が男性で、妻が食事を作ってくれるんだ、と言った時に同じように「いい奥さんだね!」と女性は褒められるのだろうか。たぶん、そんなことはないと思う。
とある大手料理教室の体験に行った時も、男性は1人もいなかった。どうして女性がするのが当たり前になっていることを男性がしたら褒められて、料理のできない女性であるところのわたしは少し引け目を感じるのだろうか。
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中学生や高校生の時だって手作りのお弁当、とかバレンタインデーのチョコレート作り、だとか女子が作る側であることは多い。
90年代生まれのわたしは家庭科も技術科も男女の差なく教育されてきたけれど、そういう、共同生活をするときのジェンダー差については習わなかったし、地方によってはもっと厳しく法事の料理は嫁の義務、とか決まっているところもあるだろう。わたしの育った家庭も法事に来るお坊さんにお茶を出すのは祖母か、母か、わたしのすることだったし、最初に勤めた会社でわたしたちは「事務の女の子」と呼ばれて15時になればそれぞれのカップにコーヒーを淹れて配り、終業前にはそれらを回収して給湯室で洗っていた。もちろん来客にお茶を出すのは“女の子”の仕事だった。
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料理、あるいはお茶汲みのようなことを女性の仕事と決めつけてしまったのは高度成長期の専業主婦像や男女雇用機会均等法だろうか。
本当はわたしが引け目を感じる必要はなくて、家事の分担なんて得意かどうかで決めればいいと思うけれど、それでもどこか世の中の空気は女性が家事の大半を担うものだと思っているように感じられるし、わたしのように仕事をフルタイムでしていなければ尚更、見えない圧力がそう言っている気がする。
別に女性の一人暮らしでも、料理が苦手なら家事代行でもUber Eatsでもなんでも頼めばいいのだし、料理の得意な男性が結婚したからといって料理をしなくなるのはもったいない。同じくらい得意なら交代で作ればいいのだ。
とりあえず、男性が料理をすることを褒めることは女性が料理をしないことを(なんとなくでも)責めていることに繋がる気がするから、この風潮がなくなればいいな、と思う。