3月に入って、今年の目標をようやく決めることができた。

私は去年の9月末、仕事を辞めた。異動先でのストレスからメンタル不調に陥り、2回の休職を経験した。休職中、考えた末に転職することを決めた。退職したのは転職が無事決まったタイミングだった。

それまで一人暮らしをしていた私は、アパートを引きはらって実家に帰ってきた。新しい仕事に慣れるまでは、実家から職場に通うつもりだった。しかし、入社直前になって異変を感じた。頭痛がするようになり、家族にイライラしたり、かと思えば訳も分からず泣きたくなった。まるで休職する前のようだった。

やっと決まったのに、仕事に行けないかもしれない。とても怖くなった。

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仕事を休んでいる間に体調はかなり回復していた。病院の先生に「もう卒業だね」と言われて、通院することもなくなっていた。苦労したこともこれで終わりなんだと思ったが、再びどうするべきか悩むことになった。通っていた病院は遠方で受診できないし、地元の病院の予約は1ヶ月以上先まで埋まっていた。自分ではもう、どうしたらいいのか分からなかった。

新しい仕事への期待と不安から、一時的に体調が不安定になっているのかもしれないと思ったが、2週間、3週間と経っても思うように回復しなかった。

私は旅行や登山が好きだったけれど、どこかへ出かけることも怖く、行っても楽しくないと思った。家族や友達と話すのが好きだったけれど、誰とも会いたくないし話したくなかった。
この状態で仕事に向かうのは無理だと思った。結局、私は入社を辞退することを決めた。
先のことがすべて白紙に戻った。

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まっさらになった今後を考えて、私は意外にも安堵を感じた。予想していなかった感情だった。そんなに働くのがイヤなのか、と自分に失望した。しかし同時に、無意識のうちにかけていたプレッシャーや期待が大きすぎたのかもしれないと気付いた。

私はたぶん、焦っていた。私が休職しているなか、友達は毎日当たり前に仕事をしていた。それを見て、私も早く安定して仕事がしたいと思った。両親に迷惑をかけた分、早く自立して働きたかった。こんな考えだったから、焦るのも当然のことだった。

そんなとき、1冊の本を読んだ。
インドの風景が載っていて、モスクや自然の写真がきれいな本だった。
その本のなかに「ゆっくり歩けば、ロバでさえラサに到着します」という言葉があった。インドのことわざで「たどり着くのはとうてい不可能なような所でも、少しずつ前に進めばいつかは着くことができる」という意味らしい。

ロバの歩くスピードがどれだけ遅いのか、ラサがどこにあるのかも知らなかったけれど、読んで思い出すことがあった。それは、趣味でやっていた登山のことだった。
はじめたばかりの頃は、歩くペースがよく分からなかった。オーバーペースで疲れては休み、疲れては休みを繰り返しながら歩いていた。他の登山者を見ていくうちに、ゆっくり歩くと長く休まなくても歩き続けられることを知った。私は、いつしかそうやって山を歩くようになっていた。

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地元の病院を受診し、年が明けて2月頃になると、私は徐々に元気を取り戻した。今後のことを考える余裕ができて、2か月遅れで今年の目標を定めた。

焦らないこと。折れないこと。できることを少しずつやること。
抱負みたいなものだけれど、これを胸に刻み、私はまた歩き出すことを決めた。
マイペースに、だけどもう、立ち止まらないでいいように。

ゆっくりでも歩くことをあきらめなければ、頂上にはつくはず。
私はそんな風に、見たいと願った景色をいつか見たい。これはちっぽけな私の決意。そして何かに立ち向かう人へのエール。