灯油ストーブの上で大きな鍋が煮込まれている。
醤油ベースの出汁と野菜の香りが、古い実家の香りと混じって、妙に懐かしく感じる。

冬に帰省するのは、骨がおれる。
ぐったりとしながら椅子に深く腰かける。

実家に帰ってきたら友達と遊ぶ予定だったけど、この大雪では無理そう

新幹線はやぶさで3時間かかる故郷は、大雪の影響で盛岡から延長したため精神も体力も消耗し切っていた。

温かい関東の冬がすでに恋しい。
閉ざされた東北の冬に厚く降り積もった雪は不安にさせる。
この雪では当分除雪機は回ってこないなぁと、のんびりと父と母の話声が聞こえてきた。
ますます不安になる。

私が関東に帰る日は3日なので約1週間の滞在となる。
駅まで車が行かないとかなり厳しいのだ。
なんとか今日は駅から実家までやっとの思いで帰ってこれたというのに、着いて早々に帰る心配をしている自分が心底情けない。

新幹線に乗る前にマルイのデパートでコスメやお菓子を色々と購入した。
実家に帰ってきたら、友達と遊ぶつもりで新調したコスメを使うのを楽しみにしていたのに。
デパートで買ったお菓子は銀座のクッキーやチョコレートで、友達へのお土産にするつもりだった。

こんな状況では両親に車を出してもらえそうにないので、必然的に遊ぶ予定は雲散霧消する。
罪悪感混じりのため息をついて、私は母と祖母が創作した南部せんべい汁に口をつける。

私専用の紅色の兎の椀によそわれた、郷土料理の南部せんべい汁

東北地方の青森、岩手を中心とした郷土料理南部せんべい汁は、子供の頃から学校のちょっとした行事でも馴染みのある汁物、鍋物だ。

出汁にたっぷりの野菜、醤油ベースで煮込まれた鍋に白い南部せんべいを投じると、モチモチでトロッとしたせんべい汁が出来上がる。

各家庭で味は違うものの、我が家では取れたてのニンニクがたっぷり入っていてそれがまた美味しいのだ。

先ほど母が私の帰宅を見計らってせんべいを投じたので、もう頃合いか。
母がせんべい汁をストーブから下ろして、今はめったに使われない私専用の紅色の兎の椀をよそう。
我が家の汁椀はそれぞれの干支の模様だ。
兎年は私だけなので久しぶり食卓に兎が並ぶと華やかになるような気がした。

祖母が漬け物を並べたりしている中、私は箸を出してきて漬け物をつまむ。
カリカリ、シャキシャキと賑やかな音が口から奏でられる。
せんべい汁を1口すすり、ようやくホッと息をついた
長旅で心がささくれていたようだ
舌に染み込まれたせんべい汁の味が懐かしくて、今も変わらずに美味しくてほっとして泣きそうになる

気を張っていた心に広がる温かいせんべい汁に、つい零れ落ちた方言

関東で働く私はずっと気を張っていたのだ。
1口すすれば胃が広がったのか、とたんに食欲が増してくる。
ニンニクがたっぷり効いた汁物はスパイシーではなく甘味があり、煮込まれたニンニクはホクホクと芋のように甘味がある。

どうせこの大雪で遊べないのだからと、ついつい椀にニンニクをよそってしまう。
私はピカピカのお米も、せんべい汁も交互におかわりして、漬け物もペロリと平らげた。
お腹はぽかぽかと温くて、口をついて「うんめぇなぁ」と方言がポロリとこぼれ落ちてゆく。

久しく発音していなかった言葉がぽろりぽろりと降りそそぐ雪のように積もってゆき、お腹の底からぽかぽかと温くくなっていくようだ。

忘れられない味、忘れてはならない故郷の味、私の舌の上で記憶となって刻み込まれ、受け継ぎたい故郷の味といつしかなってゆく。