ふと、聴きたくなる音楽がある。

その「ふと」はあまりにも突然だが、そんなタイミングでもメロディーは覚えている。ゆっくりとした曲調の、アコースティックギターの弾き語り。しかし、その曲のタイトルも、歌う歌手の名前も私は覚えていない。

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その歌手に出会ったのは高校生の頃。オープンキャンパスのために、数日間東京に滞在していた。都内勤務の叔父と共に大学を見に行き、ちょっとした観光もした。

叔父の家に帰る途中、駅で路上ライブをしている20代前半くらいの女性を見つけた。路上ライブとか、都会っぽいなあという憧れや物珍しさから、叔父に頼んで立ち止まり、1曲聴くことにした。

彼女の歌声は可愛らしくも、どこか脆かった。歌唱力がどうこうではなく、そういう声質や歌い方だったのだと思う。歌詞も、「自分にないものに憧れる」といった内容だった。

当時10代だった私は将来に悩み、輪郭の曖昧な憧れを持っていた。そんな複雑な心に入り込むような歌詞と歌声。夢を叶えるために路上ライブをしていたのであろう彼女と、お互いの不完全さを共有する、そんな音楽だった。
彼女が歌い終わった後に声をかけ、感想を伝えた。彼女の曲が気に入ったので、無料で配っていたCDをもらった。東京から自宅に戻った私は、ウォークマンに音楽データをコピーし、いつでも聴けるようにした。

正直、彼女の曲を頻繁に聴いていたわけではなかった。ライブ音源で30分ほどの音源に5曲ほど入っているため、お気に入りの曲までたどり着くのに手間がかかったことも一因である。

それでも、ふとした時に聴きたくなるのだ。そのほとんどが落ち込んでいた時。きっと彼女の歌声と歌詞で、包み込んでほしかったのかもしれない。

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あれから10年ほど経過した。この10年の間で、聴きたくなるタイミングが何度かあった。つい最近もあった。あの不完全な歌声を聴きたい。

しかし、彼女の名前と曲のタイトルを思い出せなくなった。あの時のウォークマンはもう使っておらず、音楽はもっぱらスマホのサブスクで聴くようになった。ウォークマンもサブスクも使っていなかった時期があり、その間に忘れてしまったのかもしれない。路上ライブでもらったCDも、実家のどこかにあるから、調べることもできない。せめて、彼女の名前だけでも思い出せたら。

彼女は今何をしているのだろうか。デビューは果たせただろうか。それとも違う道を選んだのだろうか。

夢は変わってもいいものだと思っているが、彼女には音楽を続けていてほしい。10年経ってもなお、私の記憶に残っている彼女。その存在が陰ながら、かつ、必要なタイミングで私を支えていたのかもしれない。
今後名前を思い出せるか、正直分からない。今覚えているメロディーも忘れてしまうかもしれない。それでも、自分の身体のどこか片隅でもいいから、覚えていてほしい。そして、ふとしたタイミングでもいいから、また思い出したい。