元来スポーツをしている人でもない限り、歳を重ねるにつれ、運動の機会というものは減っていくものだ。だからこそ大人は意識的にその機会をつくるのだろう。ジムに通う人、ヨガを習う人。かくいう私は、学生時代に慣れ親しんだダンスに身を投じていた。

ワークショップ、というものがある。定期的に通うレッスンではなく、単発で参加できる形式の教室だ。

ダンスでいえば最初にストレッチ、ターンや腕の使い方の基礎練習、最後に1サビ分ほどの振り付けを教えてもらって踊り込むという形が多いかと思う。2時間ほどの教室だが、運動不足のアラサーにはこれでも十分すぎるほどに濃密だ。
その日、私が参加したワークショップは、旧年中にも一度お世話になった先生の主催するものだった。丁寧なストレッチと、その日の振り付けでポイントとなる技の指導でスタートされるレッスンは、久しぶりに踊る体を起こすにはとてもありがたいものだった。

すっかり忘れていた機能を揺り起こすように、骨の髄から体がほぐれていくような感覚になる。そうして目覚めた体を用いて振りを覚える作業は、私にとってダンスがかけがえのないものだと自覚させてくれた。

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とはいえ、日頃踊っていない肉体はしっかりと衰えている。ついていけるかと緊張していた私に、先生から爆弾が投下された。
「今日はフロアが入ります」
ヒン、と私の喉の奥の方が切ない音を立てた。フロアとはその名の通り床を使って踊ることで、簡単に言えばお尻や背中を床につけるものは大体これにあたる。
「床に座ったら、左に体を倒して〜」
なんの気ない口調で説明しながら、先生がごろんと左肩を床につけた。嫌な予感。
「ここから脚を開きます」
床についた左肩と左足を支点に、右足が高々と持ち上がった。もはや天井に向かって180度開脚しているような姿勢だ。エーッ!とスタジオ内にいた受講者たちから悲鳴が上がる。わかる。私も叫びそう。

恐ろしいことにフロアはその後何種類か続き、受講者はもれなくうめき声を響かせることになるのだった。
ベッドから落ちたテディベアって、こんな気持ちなんだろうか。鏡に映る自分の姿を見て、少し反省する。私は体から聞こえるミシミシという音を、必死に無視して練習した。

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さて翌朝、私は予想外に爽快な目覚めを迎えた。夜遅くに帰ってきた疲れはあれど、思っていた倦怠感からすると、拍子抜けするような軽さだった。平日半ばのレッスンでこの状態はありがたい。

久しぶりに踊れた嬉しさのまま出勤した私は、昨日の練習動画をスタッフに見せびらかす程度には元気だった。

問題は、さらにその翌日である。
いつものように身を起こそうとした途端、腹筋に違和感。こわばるような痛みに耐えかねて、私はベッドから転がり落ちるように這い出した。普通に歩こうとしても、わずかに錆びついた機械のような動きになってしまう。これは間違いない。ダンスの分の筋肉痛だ。いつもなら翌日来るのに、ないからすっかり油断していた。
この痛みに昨日会えなかった原因も、心当たりはある、のだけど。
「歳ってやつですね……」
なんとか出勤した私の話を聞いて、スタッフがボソリと告げる。どこか悟った表情の中、その視線だけが妙に柔らかい。マスクの下で、私の頬だけが必死に笑おうとしていた。
その名前、聞かなくちゃダメかしら?