思い出すと少しだけ胸がちくっとする、あの夜。
そういえばあの子の名前の読み方さえ、ちゃんと教えてもらっていない。
もう聞くこともできないけれど。

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「今日会わない?デートしよ!」

数日前からマッチングアプリでやりとりしていた女の子から突然の誘い。

前の恋人と別れて3ヶ月。
特に新たな出会いもないまま退屈していた私は、勢いでyesと返事をし、在宅勤務を終えてすぐ、家を出た。

こんなに勢いできてしまったけれど、大丈夫かな。
電車に揺られながら、少しだけそわそわしていた。
自分の行動力に驚いていたが、久しぶりの「デート」という響きにワクワクもしていた。

彼女の名前の表記は英語だったから、正しい発音がわからなかった。
会ったら聞いてみよう、そう思いながら待ち合わせ場所に向かう。

私を見つけると、ニコニコしながら小走りで近寄ってくる彼女。
可愛らしい笑顔だなと思った。

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居酒屋に入り、お酒を飲みながら他愛もない会話をした。彼女は東南アジアのある国の出身で、まだ日本に住んで数年だと言っていた。お互いの仕事や共通の趣味の話など、二人でただ笑いながらたくさん話した。

彼女の笑い方、お酒のせいか少しだけかすれた声、覚えたての日本語を話すときの話し方。
隣に座る彼女が可愛くて、魅力的だった。深い話をしていく中で、私は彼女に少しずつ惹かれていた。

お互い、いわゆる「性的マイノリティ」。彼女も私も、マイノリティだからこそ分かり合えることはたくさんあった。彼女がこれまで経験してきた辛い恋愛の話や、自国でのマイノリティに対する待遇の話など、包み隠さず話してくれた。

以前の恋人には、やはり同性と付き合う覚悟ができないと別れを告げられ、自国にいる家族にも非難されてきたという。

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自身の経験を話すとき、彼女は切ない表情を見せた。それでも自分が同性愛者であることは変わりないし、これだけはどうにもできないからね。と、苦笑いした。

今では自分のセクシャリティには誇りをもっていて、オープンにしているという彼女。
ここまでくるのにたくさん悩んできただろうし、複雑なものを抱えているのだろう。

だからこそ、もっと彼女を知りたいと思った。彼女の深いところまで、知りたいと思った。

話をしているうちに、少しだけ酔っ払っていた私たちは、お店をあとにした。
彼女が私の手をとり、新宿二丁目にあるクラブに入った。私には初めての場所だった。

「ここ、好きなんだ。誰も私をジャッジしない。ここなら自分を解放できる」

彼女はそういうと、私の手を引いて奥へと進んでいく。

私はこれまで、自分のセクシャリティをオープンにすることはあまりなかった。
前の恋人と外で手をつなぐこともなければ、「彼氏がいる」と嘘をつくこともあった。
レズビアンである自分が恥ずかしかった。

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ここではみんなが自分を開放し、思いのままに踊っていた。
自分の性別も、好きな人の性別も関係ない世界。
誰にも自分をジャッジされない世界。

音楽や周りの声がうるさかったが、そんなのは気にならなかった。
私には目の前にいる彼女しか見えなかったから。

気づいたら彼女とキスしていた。

人前で。今日初めて会った女の子と。

私はこのまま彼女と踊り続けたかった。
どこでもいい、人前でもいい、最終電車を逃したっていい。

そのまま二人でホテルに行き、抱き合ったまま朝を迎えた。

5日後にデートの約束をして、駅のホームでまたねとキスをしてお別れした。

「すごくいい時間を過ごせたよ、ありがとう」

帰りの電車で、早速彼女から来たメッセージを見ながら、いろんな感情が渦巻いていた。
混乱、ドキドキ、愛しさ、ワクワク。
何よりあんなに自分を解放した私自身に驚いていた。

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約束していたデートの前日、彼女からメッセージがきた。

「ごめん、今週疲れちゃった。やっぱりデートはなしでお願い」

そのまま連絡すらとれなくなった。

なぜか思い出すのは、彼女の切ない顔。
辛い経験を話していたときの、あの表情だった。

結局彼女のことを深く知ることもできず、虚しさだけがつっかえていた。
それでも、何か事情があるんだろうと無理やりこの虚しさを飲み込むしかなかった。

ただ、あの日をきっかけに、自分の中で何かがガラッと変わった。
あの日の会話、あの日の気持ち、あの日の行動、あの日見た世界。

「誰も私をジャッジしない。ここなら自分を解放できる」

彼女の言葉が頭から離れない。

初めて自分を解放できたあの日、私はレズビアンである自分を、初めて認めてあげることができた。

スマホに表示された、もう会うことのない彼女の名前。
見ると胸がズキズキする。
結局名前の正しい発音も知らないまま、トーク履歴を消した。

私に新しい世界を見せてくれた彼女、今何をしているのだろう。