チョコミントが好きだ。
チョコレート味は好まないが、ミントと融合したものなら思わず飛びついてしまう。
たまに「歯磨き粉の味じゃん(笑)」と揶揄してくる人がいるが、そういうときは心の中で(地獄で舌を引っこ抜かれろ)と思いながら「好みは人それぞれですからね」と愛想笑いするのみに限る。
チョコミントは、わたしが若かりし頃に好きになった人が好きだと言っていた味である。
わたしは、あの時人生で初めて食べたチョコミントアイスの味をずっと思い出せずにいる。
◎ ◎
覚えているのは、アイスクリームなど一瞬にして溶けてしまうような蒸し暑さと、積みあがった想いだけ。
夏になる前の、ひどく雨が降る夜だった。
じっとりとまとわりつく空気と、滲み出る汗が鬱陶しかった。
あの小さな部屋まではまだもう少しかかる。
涼もうか、と足を運んだ小さなコンビニの冷凍ケースに、チョコミントアイスが整列していた。時期にしてはまだ少し早いように思えたが、この暑さなら手に取られても不思議ではなかった。
「好きなんだよね、これ」
その口から”好き”だと明確に示されるまで、気に留めたこともない味だ。歯磨き粉と例えられることは知っていたが、そういえば食べたことはなかった。本当に歯磨き粉の味がするのだろうか。進んで食べてみたいとは思えないかもしれない。
口には出さなかったが、件の人物はわたしの意見など初めから聞く気はないようだった。コンビニを出ると半ば押し付けるように1つ渡されて、わたしは封を切った。
◎ ◎
思い出すのはあの爽快な香り。駆け抜ける記憶。
好きだった、かもしれない。
もしくは、依存と表現しても差し支えないとも思う。
でもそれよりももっと、具体的な輪郭を持った何かであったような気もする。
ひんやりと滑らかなアイスクリームから顔を出すチョコチップのように。
あなたが見ていた景色を、そっくりそのまま見てみたかった。
同じ速度で、同じ温度で、体感してみたかった。
今ならわかる。それがどんなに愚かなことだろう、と。
だがもう、その味に病み付きになっていた。
食べてしまった。知ってしまった。
鼻を抜ける爽やかな香りはやがて、チョコレートの甘くて香ばしい口溶けと混ざり合う。
だんだんと脳が溶けてゆく、コロコロと入れ替わる香りと味わい。
あるいは、グラスホッパーでも飲まされていたのかもしれない。
酔いしれた。チョコミントみたいなあの人のすべてに。
◎ ◎
4つ年上の大学生。
大学生活と夜勤のアルバイトを両立。
1人で暮らすアパートは閑静な郊外。
広くはないけれど整頓された部屋。
どうやら趣味にしているらしい丁寧に並べられたカメラとギター。
湿った薄暗い空間で常に揺らめいている間接照明。
デスクトップPCから静かに流れるCill-hop。
小さいながらも料理の形跡が感じられるキッチン。
そこでいつも留守番をしていたカエルとメダカ。
あそこを訪ねたのは、たった2度だった。
チョコミントを食べたのはそのうちの1度だけ。
だが、チョコミントを食べるたび思い出すのはそのすべてだった。
むしろ、忘れないようにわざわざ選び取っていた気もする。
今も、チョコミントの味が好きなのか、チョコミントの記憶が好きなのか、よくわかっていない。