夏は、ハワイのフラとインドネシアのジャワ舞踊を踊ることと、ダンスを書くことに熱中したい。
振り返ると私は夏に大きな転機が訪れている気がする。特に思い出すのは20歳と昨年の26歳の夏だ。

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20歳の大学2年生のとき、大学の課外講座を受講していた。七夕の時期に、「夏」をテーマにした1人1分の動画をスマホで作成する課題があった。私はフラの動画にしようと決めた。私は大学1年のときにフラを始めたのだが、昔バレエを習っていたこともあり、自分でいうのもなんだが1年目にしては結構いい線行っていた。

授業の前日にアプリで作成し、費用は0円となんとも手抜きな動画を作った。 

次の日、授業でいきなり取り上げられた。とても手を込んで作ったとは言えない私のフラの動画が、大画面に出た。恥ずかしかったが、先生や同期からはとても好評だった。もちろん動画の編集ではなく、私の踊りがということですが。

限定公開されたYouTubeも、再生回数が全体の23番目くらいだった。

課外授業とはいえ、学校という場で私が得意なことが公式に認められたと実感した初めての経験だった。学生時代はほかに何のとりえもなかったが、その代わり私は踊れるんだ……!と得意を見つけられて嬉しかった。

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しかしその後の大学生活でフラを本格的に踊ろうとは真剣に考えなかった。ほかにやりたいことがあったし、極めるほどのお金もなかったからだ。
社会人になって休日にフラを踊り始めた。こぢんまりとした教室だが、先生は本格的に踊っていた方だ。コロナの時代に合わせ、のんびりゆったりと踊っていた。
そして何度目かの転職の末、私は地方に住むことになった。のんびりと習っていたフラも出来なくなった。

地方で何度かフラの体験に行ったこともあった。しかし、なぜか踊る前から明らかに一回り年上の人に経験年数でマウントを取られたりして、のんびりどころかバチバチになりそうだと思い、そしてそう考えてしまう自分のレベルの低さに呆れてしまい、私は地方で踊ることを封印した。

また少子化が進む地方の狭いコミュニティのなかで、地域の未来のために20代女に求められていることとはそぐわないだろうと思った。

実際、私の住んでいた地域では”楽しいイベント”をたくさん開催してお金を稼ぎ、地域経済を回す人が求められていた。

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私はフラを封印し地域活性化に努めるなかでも、ダンスのことがいつも頭のどこかにあった。
私の住んでいた地域ではダンスは学際的な視点で――楽しいイベントを仕掛けるための哲学を語るときと同レベルに――語られていないと肌で感じ、私は不満だった。

観た公演の感想をブログのようなものに書いたりしていたが、そのことをあまり周囲に言えるような環境でもなかった。

本当にやりたいことを偽っていたことへのもやもやとした気持ちが昨夏、ネットにあふれ出た。先述のブログに、昨夏観たダンス公演の感想を、フラのことを交えて書いて、私の当時のフォロワー10人くらいの裏アカXに投稿した。

そしたらなんと??閲覧数が4千人以上となってしまった。ワードがトレンド入りしていたのかもしれないが、私はバズらせようなどとは全く思っていなかったため、とても驚いた。そして多くの人に見てもらえたことが嬉しかった。

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2つの夏の出来事で、やっぱり私は踊らないといけないと思った。

現在私はハワイやインドネシアを含めた「オーストロネシア族」にまで興味の範囲を広げ、南の島の踊りをもっと追求したいと思っている。だからジャワ舞踊なのだ。

踊るだけでなく、昨夏のXのバズりをまぐれとしないために、ダンスを書く質を上げたい。なんだかダンスと社会について書きたいことがたくさんあるような気が、漠然とだが、している。大変だ!インプットが足りない……。

踊りをめぐる私のエンドレス・サマーがはじまった!!