我が職場には支店がいくつかある。
そのひとつに、県庁所在地からバスで片道2時間半(鉄道は廃線になった)という立地の支店がある。当然ながら、この支店に配属になった人は、漏れなく引っ越しを行う。県庁所在地からの通勤はほぼ不可能に近い。

◎          ◎

「ここに異動になりゃ婚期を逃す」なんて言われ、20代の社員から恐れられている支店だ。 

確かに街を歩いても、高齢者ばかりで、同年代の若者は少ない。そして、数少ない若者もほぼ既婚者で、新たな出会いの見込みは薄い。

また、マッチングアプリを活用し、出会った相手と実際に会おうかという話になっても、登録者のほとんどが県庁所在地かその近郊に居住している。よって、一目会うにも往復5時間の旅だ。

こうして改めて考えても、「ここに異動になりゃ婚期を逃す」という恐れは、妥当なものだと思う。

しかし、この恐れから免れるためのカードがある。それは「結婚」だ。

◎          ◎

だから人事面談でこんな質問が行われる。

「結婚の予定はありますか?」

その後には、もれなくその問いの理由もこう添えられる。

「異動を命じた後に結婚の予定があると言われてしまったことがあって、全員に聞いています」

それはつまり、結婚の予定があれば、その支店への異動が免れるということらしい。

だから、我が職場では、

「あの支店に行かされそうだから、早く結婚しないと」

なんて声がささやかれる。

そんな声を私はこれまで幾度ともなく聞いてきたし、私自身そんな風に思ったこともある。

そんな声を聞くたびに私はこう思う。

「あぁ、結婚って道具みたいだな」

◎          ◎

私は現在未婚だ。そして、往復6時間の距離に彼氏がいる。いわゆる遠距離恋愛ってやつだ。

付き合い始めた頃からこの距離で、月に1回から2回会う生活が始まって1年と少しになる。

お互いそれぞれの毎日を楽しく過ごしてはいるが、バイバイの瞬間はとんでもなくつらく、寂しい。

同じ街に住んでいたら、仕事終わりに突然「今日暇?飲みに行こう」なんて言えるのかなと、そんな台詞に憧れている。

彼とこれからも一緒にいるのか、いないのか。
結婚という選択をするのか、しないのか。
彼のことをとても大事に感じているからこそ、 2人のペースでしっかり考えていきたいと思っている。
だから、それを何かに急かされたり、邪魔されたくはない。

でもどうだろう。
私があの支局に異動になったら、彼に会うのに往復6時間の旅から、往復11時間の旅へ延長だ。
私にとって、それはあまりにも長い旅だ。

◎          ◎

結婚した2人の生活を尊重することが優遇だとは思わない。夫婦は同居しなくてはならないと民法でも定めているし、尊重されるべきだと思う。

でも、もし私と彼が結婚という選択をこれからもとらないのならば、私たちは既婚という尊重される枠の中に永遠に入れてもらえないのだなと思った。

「異動を免れるために結婚する」

それは、まるで職場によって結婚を強制させられているかのようだ。
私はそんな風に選びたくない。

既婚者が尊重されるのは、既婚者の特権だ。同居や扶養、貞操義務などを果たす代わり得られる権利なのだから、あなたも結婚したらいいのではと考える人もいるかもしれない。

でも、どうだろう。
今の日本の婚姻制度は、尊重されるためにとる手段にしては、あまりにも不自由ではないだろうか。
どちらかが名字を変えることが強制され、異性同士じゃないと認められない。選びたくても、選べない人もいる。

そして、誰かを尊重したときに、そこからこぼれ落ちる別の誰かがいることを、そしてその思いを汲んでほしいと思うことは、わがままだろうか。

◎          ◎

法律を変えるのは難しい。
でも、身の回りで起きていることに疑問を投げかけること、声を上げることは私にもできる

だから私は声を上げようと思う。
今年の人事面談では言えなかった。
結婚の予定はありますかという問いに、「いいえ」とただ答えた。
人事担当者にうるさいやつだと嫌われて、あの支店に飛ばされるのが怖かったからだ。

でも、次はこう返そうと思う。

「結婚の予定はありませんが、大切な恋人はいます。彼とある程度近い距離にいたいので、今は異動に応じることはできません」と。

黙っていても、自分の置かれた環境を誰かが変えてくれる訳じゃない。だから、声をあげる。そんな積み重ねで、今の社会も成り立っていると思う。
日本の婚姻制度も少しずつ変化はしている。現に、今年の4月から女性の再婚禁止期間が廃止された。少しずつだが、上げられた声から社会は変わっている。

◎          ◎

10年後、私は40歳目前、社会はどうなっているのだろう。夫婦互いに名前を変えずに済んだり、同じ性別だろうと夫婦になれていたらいいな、誰かが取りこぼされない世界に近づいていたらいいなと思う。その道のりはまだまだ険しそうだ。でも私はあきらめない。