3年ほど、英会話を続けている。オンラインで海外にいる講師(ほとんどフィリピン人)と繋がり、フリートークをしたり、教材に沿って英会話を学んだりしている。

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英会話を始めようと思ったきっかけは、映画監督を目指したことだ。海外の映画祭に自分の作品を出品したいと考えていた私は、まず現地に行ってコミュニケーションが取れるようにと、毎日30分は必ず英語の勉強をしてきた。

今考えると、国内で売れっ子になっているわけでもないのに海外で評価された時のために英語を勉強するのは性急すぎた。そんなわけで、だんだんと最初のモチベーションは低下していったのだが、それと同時に違うモチベーションが生まれた。

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例えば、家で勉強するのに疲れて、桜が咲いている公園で英会話のビデオ通話を繋いだ時。フィリピン人の講師は桜を見て歓声をあげた。私も桜は好きだが、毎年見ているので彼ほどは感動していなかった。でも、異国の文化の中で生きている人から日本の景色がどう見えるのかを考えるいいきっかけになった。
また、ある時私の中でブームだったのが、国ごとの主食を聞くことだった。例えば、日本なら米。欧米ではパン。では、トルコでは?トウモロコシが主食なのだ。トウモロコシは主食というより野菜のイメージが強い私にとってはそのことが面白く、驚きでもあった。

私はいつも何気ない日常の話をしていたのだが、フィリピン人のある講師は、その話を聞くと「自分もいろいろなことを体験してるようでうれしい」と言ってくれた。当時はコロナ禍で、フィリピンで外に出ることができない暮らしをしている彼女にとって、私の話を聞くことが唯一の外とのつながりだったのだという。

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英語が話せるようになってくると、以前はできなかった細かい心のやりとりができるようになった。
仕事がうまくいかなくて悩んでいる話をした時、フィリピン人の彼女は「私も昨日ひとりで泣いていた。私はもう20代後半になるのに、自分のパートナーも、車も、家だって持っていない。周りと比べては悲しくなる」と話してくれた。20代後半同士だった私たちは、住んでいる国が違うだけでなく、面と向かって会ったことすらないのに、毎晩のように色々なことを話しては元気づけあっていた。言語や国が違っても、同年代の私たちが抱える悩みは同じなのだと知った。

他の女性の講師とも仲良くなり、いろいろなことを話した。私より少し年上の彼女はいつもくるくると変わる表情が可愛らしく、明るい女性であった。結婚して子どもがいて、つらいことなど何もなさそうに見えた。でも、ふとした会話の流れから、彼女が子どもを授かるまでに2度、流産していたことを知った。私はそんなに悲しい出来事があってもニコニコして話してくれていた彼女をとても尊敬すると同時に、聞いているだけで悲しくなって泣きそうになってしまった。結局話し込んでいるうちに私も彼女も泣いてしまって、でも彼女は人に話せてよかったと言ってくれた。

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言語を学ぶことで、世界は驚くほど広がった。それは私にとって、生きる希望になった。当初は全く考えていなかったことだが、英語を話すことが私に与えてくれた影響は数知れない。そのなかでも、1番大きなものは「希望」だった。世界には私の知らないこと、見たことのないものがたくさんある。そして人と人は言語の壁を越えるだけでわかりあうことができること。学びが人生を楽しくしてくれた。これからもいろんなことを学んで、世界を広げていきたいと思う。