歩いていたら油断して水たまりに足を突っ込んでしまった時のように、不意に推しができた。ただ、私が踏み入れたのは7人組ボーイズグループBE:FIRSTという沼だった。

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今年の夏のある日、とある音楽番組を観ていた。そこにたまたま登場したのがBE:FIRST。曲がかかると同時に会場の空気を掌握し、楽しそうに自由に歌い踊る彼ら。その姿は「幸福」「希望」といった、きっとみんなが憧れる概念を体現化しているようだった。
「沼に落ちた」と悟ったのはこの時だった。

そこからは一瞬。BE:FIRST誕生のきっかけとなったオーディション「THE FIRST」を一気見し、ファンクラブにも入会。YouTubeやファンクランブサイトにある動画を古いものから全て観た。彼らの歌を聴けばワクワクするし、ライブ映像を観ればいつまでもその世界観に浸りたいと思うし、ステージ外でふざけている姿を見れば、どうかずっとそのままでいてねと願う。推し活を通して、多種多様な心の揺さぶりを味わっていた。

しかし、そんな私の推し活に変化が表れる。だんだんとアーティストとファンという境界線がぼやけてしまい、いつしか彼らを自分と比較するようになった。

夢があり、それを叶えるための居場所があり、想いを共有する仲間がいる。そんな確固たる基盤を持って着実に夢を叶えていく彼らがあまりにも眩しい。
それに比べて私は…って、しんどさの波が押し寄せて飲まれそうになった。

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芸能人と比べるなんて発想は今まで一度もなかったので、戸惑いもした。
多分、ほとんどのメンバーがまだ何者でもなかったオーディション時代を観てしまったから、「自分とは違う世界にいる人」と割り切れなかったのだろう。

しんどさの波に襲われた私は、ぐるぐると考え出した。

私は人間関係が良好な恵まれた職場環境にいるけれど、心を燃やせる目標も無い。毎日どこか満たされない。もっと違う人生があったのではないかと、学生時代の記憶を辿り直した。
勉強中心に過ごした学生時代。音楽も好きだったけど才能は無いし、趣味は趣味で留めるのが一番だと信じていた。当時は勉強を頑張った先にある目標に向けてがむしゃらだったし、それが自分の意志だった。

でも果たして意味があったのだろうか?もし音楽が好きという気持ちに素直になっていたら、私も彼らみたいに"好き"を仕事にすることはできたのだろうか?音楽を心から楽しむ彼らを見ていると、自分が選ぼうとしなかった道が気になって仕方なくなった。涙まで溢れた時は、だいぶ精神的にきているなと自覚した。

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自分もアーティストになれたのではないかとか、今からでも音楽の道に進みたいということではない。現状に満足できず、過去が今に繋がっていると思えなくて、過去の自分の努力や成果を肯定できなくなっていた。まさに隣の芝生が青く見えていた。

BE:FIRSTの輝かしい活躍は、間違いなく彼らの計り知れない努力の結果だ。デビュー前、彼らにも真っ暗で出口がどこにあるのか分からないトンネルを、進むのも止まるのも怖いと思いながら歩く時期があったのだと思う。今もきっと葛藤や不安を抱えているかもしれない。だから、彼らの輝かしい部分にだけ目を向けて羨ましがったり、自分の状況を卑下するのは都合が良すぎる。

一度はぐちゃぐちゃになった気持ちも時間をかけて整理して、何回か本気で泣いたら大丈夫になった。そしてもう一度、自分の人生について考えてみた。

社会人になって2年半、自分で選んだ会社で一生懸命働いている。でも、「このままで良いの?」と問う自分と、「恵まれた環境なのに文句言っちゃダメ」「仕事にやりがいを求めるなんて夢見すぎ」と咎める自分との葛藤に気付いていながら蓋をしていた。

でもこれからは、夢にまっすぐなBE:FIRSTのように、「変わりたいんだ!」ともがく自分に素直に向き合いたい。今を受け入れることも、今に感謝することも大切だけれど、それらを現状から目を背ける理由にしたくない。

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今後私がどんな道を選ぶのかはまだ見当もつかない。もしかしたら、考えた末に変わらないことを選ぶかもしれない。ただ一つ言えるのは、しんどくても自分の道をもう一度見つめ直したい、という気持ちが確固たるものになったこと。今度は私が暗いトンネルを怖くても進む番だ。

ここで一度立ち止まるきっかけをくれたBE:FIRSTには本当に感謝だ。まさか推しから人生を考える時間をもらえるとは…!時間はかかっても、いつか「私でよかった」と思えるように頑張ろう。