幼なじみが結婚する。

隣の家に住んでいて、幼稚園から高校まで、同じ通学路を歩いた女の子。実家のアルバムには、入学式や卒業式に庭で撮ったツーショットが並ぶ。同じ画角で年だけ重ねた2人組、私が上京した春の日にも、駅のロータリーで写真を撮った。

昨年、ご近所さんらしく実家で宅飲みをした日、プロポーズされたと報告を受けた。「ほんとに!?おめでとう!!!」と大声を出しそうになったが、両家の親に伝えるタイミングを揃えるため、親にはまだ伝えていないのだという。窓1枚隔てただけの距離。派手に祝えば勘付かれるだろう。直接会えるタイミングもなかなかないから言っちゃった、とのことだが、まさかご両親より先に知るとは……。肝を冷やしながらもなんだか嬉しい。

記念に数年ぶりのプリクラを撮ろうと、慌てて家を飛び出す。閉店時刻が迫る徒歩10分のゲーセンまで小走り。小学生の時、こうやってマラソン大会の練習したよね、なんて言いながら駆け込むと、メンテナンスなのかやんちゃな中高生対策なのか、プリクラはもう使えないと言われてしまった。仕方がないのでプリ機内に侵入させてもらい、真っ白なライトに囲まれ自撮りをした。帰り道、寒空の下しょうもない夜をゲラゲラ笑う。

本当におめでとう、大好きな人が幸せになるって本当に嬉しい。言葉が夜空に吸い込まれていく。

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嬉しいと、おめでとうが100%。だけど、3%だけ寂しかった。
特に、名字が変わったことを実感したとき。「別に名字で呼んでいたわけでもないじゃん!」と茶化されながら、それでも心に薄い水色が広がった。

旧姓の彼女の人生と、名字が変わった彼女の人生は地続きでないような気がして。同じ道を歩いてきたのに、彼女だけ左に逸れていくようで。

こう思うのは、以前、母親になった友人と会った際、うまく話せなかったから。

コロナ禍でしばらく会えていなかった友人は、知らぬ間に結婚し母になっていた。成人式以来会っていなかったこともあり、旦那さんとの馴れ初めも、子どもの年齢も知らない。

久しぶりに顔を合わせて変わらないねと言い合うけれど、仲良くしていた彼女であることには変わりはなかったけれど、「何も変わらない」はずはなかった。

独身ひとり暮らし、自分のお世話で手一杯の私と、子どもを育てながら働く彼女。全く別の世界で暮らす、「母親」という生きものにはじめて出会ったみたい。

第三者から仕入れる「母親」像の繊細さから、どこに地雷が潜んでいるか分からないと身構えてしまう。

お互いの印象は「変わらないね」だったのに、踏み込んだ話はできなかった。

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もちろんしばらく会っていなかった旧友と幼なじみでは関係がずいぶん異なるけれど、だからこそ今夏、結婚祝いと称してたくさんの愛を伝えたい。これからも一緒に生きていこうね、と特大の愛を。

私もいつか彼女のあとを追って結婚するかもしれないし、しないかもしれない。子どもを産んだり、壁にぶち当たったり、私たちが歩いていく道はいくつにも分岐しているけれど、これから離れていく一方だと思うけれど、それでも、おばあちゃんになるまで遊んでいようよと伝えたいのだ。

5年ほど前、彼女の人生に現れた旦那さんと、彼女は生きていく。名字は変わったけれど、私と彼女の関係も、隣を歩いてきた26年も何一つ変わらない。

26年間ありがとう、幸せになって。死ぬまで一緒だよと言えるのは私だけの特権だ。

隣家でこんな気持ちをしたためていることは何一つ知らない彼女の門出に、盛大なお祝いをしたい。