「産んでほしいなんで頼んでないのに勝手に産みやがって!!!」
「全部お前のせいなんだよ!!!」
「ちゃんと育てられないのに三人も産まないでよ!!」
「毒親」
「親ガチャ失敗した」

七年前の秋のある日、姉は母に向かってそんな言葉を投げつけた。

◎          ◎

母がどんな表情でその言葉の刃を受けたのか、私は見ることができなかった。
ただ、母と二人きりになったときに「私はお母さんを選んで産まれてきたよ」と言うことしかできなかった。

それが正解だったのか
余計なことだったのかわからない。
余計なことだったのではないかと後悔もしている。

姉はあんな酷いことを言うくせに、ふとしたときに「赤ちゃんを抱っこしたい」と呟いていた。
当時、姉は精神の病気を抱えていて腕には毎日新しい傷ができ、血が流れていた。
夜中に泣き叫んで暴れ、早朝にも泣き叫んだ。
姉より一つ年上の長姉が帰省した際には刃物を向けたこともあったらしい。

病院に入院したこともあった。
入院している間は安心できたが、退院して実家にいる間は、いつまたジェットコースターみたいに気分が変わってしまうかわからず、不安で仕方なかった。
普通科の高校生の私には何もできなかった。

◎          ◎

私は母のことが大好きなマザコンなので、姉のあの酷い言葉は、七年経った今も許すことができない。

そんな姉が結婚してこの秋、子どもを産んだ。

抱っこしたいがために勝手に産もうとするだなんて、それこそ許せない。
抱っこだけしていたいなら人形でも買えばいいじゃないか。
赤ちゃんだって、生命なのに。
眠っているだけじゃない。
ごはんだって食べるし、排泄だってするし、
きっとよく泣く。泣き叫ぶことだってあるのに。
一人の人間なのに。
お前こそ毒親じゃないか。
心の中でそう言っている私がいる。

◎          ◎

さすがにもうそんな考えで子どもを作ったわけじゃないだろう。
そう言っている私もいる。

姉が親になれずに不幸になることを期待していた私もいて、心の中がぐちゃぐちゃで、新しい生命の誕生を、はじめての姪っ子の誕生を、素直に喜ぶことができない。
「おめでとう!」と祝い、お産祝いも贈ったが心の中で、私は姉を呪っている。
そんな自分が一番許せず、余計苦しくなる。

長姉とは縁を切ったらしく、家族のグループLINEに来ていた「赤ちゃんが産まれた」という報告にも、「おめでとう」の一言もスタンプも長姉からは送られていなかった。

◎          ◎

けれどきっと私はそんな長姉よりもお祝いする気持ちがない。
口先だけで、喜べてなんかいない。
なんて最低なやつなのだろう。
まだ薬を飲んで、やっと安定しかけているような姉のもとであの子が今後どうなってしまうのか、怯えている。
あの子が大きくなって、「産んでほしいなんで頼んでないのに勝手に産みやがって!!!」とか「毒親」だとかそんなことを言われたら…?

姉は狂うだろう。
それも恐ろしい。

何より怖いのは、また母が傷ついてしまうことだ。
姉は母に依存しているので、寄り添う母に八つ当たりをしていたし、今回の子育ても母と実家ですることにしている。
今回も一番身近にいる母を言葉で傷つけるんじゃないか。
もしかしたら、言葉だけで終わらないかもしれない。

◎          ◎

ああ、こわい。

秋の冷たい風が、体も心も冷やしていく。
七年前のあの日と同じだ。

許せない、こわい、そんな人じゃなかったでしょう、そんなことなかったよね…?

優しい貴女はどこへ行ってしまったの。

色付く葉を楽しむ余裕もない。
この気持ちを放置して、私の中に抑え込んでおくことが辛い。
七年前、高校生だった私が私の中でまだ泣いていて、姉が子どもを産んでからもっと泣くようになった。

幼い頃は、姉が大好きだった。
なのにどうしてこんなことになってしまったんだろう。
姉の腕が傷だらけになるのが嫌だった。
姉の腕から血が流れるのが嫌だった。
木々が血と同じ色に色付いていくのが怖かった。
不幸になんてならないでほしかったのに。
心が矛盾してもう意味がわからないまままた秋が深まっていく。