夕飯後の散歩が日課になっている。日が沈んで、空気の流れがゆるやかになってゆくこの時間は心地いい。日常では痛いほどに感じる人の目が、少しも気にならなくなる魔法の時間だ。自分の心の弾みに比例して、トントントンと早歩きになる。会社へ向かう重い足取りとは対照的な自分が面白くて、ふふっと笑ってしまいそうになる。そうやってテンポよく歩を進めていると、思いがけず目の前の歩行者信号の赤にぴたりと止められた。
横断歩道の前に横たわる点字ブロックを見つめていると、息が上がっているのを感じた。せっかくの満ち満ちた空気をすうっと肺に空気をとりこもうと幾らか顔を上向ける。息を吐ききったのかどうか意識もしないまま、からだの自然に身を任せる。いつ吸い始めたのかも思い出せないうちに、通り道のととのった鼻腔から鼻の付け根、目頭までさあっと少し冷えた空気が巡る。
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キャラメルポップコーンの香り——。映画館に足を踏み入れると、ふわりと全身を包む甘く香ばしい香り。小さなふわふわの雲みたいな見た目には似つかず、カリッと音が立つあの食感。その香りがなぜかその交差点には漂っていた。背後にはお寺、目の前にはスーパー銭湯、見慣れたいつもの光景。目に入ってくるものからは予想のつかない香りを嗅覚がとらえた。戸惑いながらも、考える。
そういえば、この人が少なくなるような、朝の早くや夜の深い時というのはなんだか世間の気配というものが薄く沈んでいって、代わりに道、あるいは家屋や木々から違う何かが浮き出てくるようなのを感じるものだと。今夜はそれが、どこにでもあるような懐かしいような甘さを含んでいた。
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不思議なのはこの香りだけではないようだった。今日の夜というのはなぜか雨の降った跡を記憶させた。この日、別段雨が降っていたわけではない。今日も天気予報通り、一日天気がよく太陽が雲間からのぞいた清々しい日であった。だけれど、目の前の暗さの中にある舗装された道路がキラキラと反射していたような、カラカラと細かな石の粒が街灯の光に喜んで音を立てていたような、そういう風に思われた。それはどこか、薄くはられた水たまりの水面が揺れているようにさえ思えてくるのだった。それでも、雨が降っていたわけではなかった。映画館のスクリーン越しに雨あがりの夜でものぞいているかのような心地がした。
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赤から青に変わったサインを確認して、横断歩道をわたる。この先はいつもの散歩コースの折り返し地点。先を見つめると、背の高い、細い片足だけですっと佇んで、頭の上に眩しいくらいの白百合色を放つ街灯。その隣を縫うように、歩く。左へ右へ、時折中央へ。自分以外誰もいない、歩道を自由に歩道の上を自由に浮かんでいることが気持ちを高揚させる。
それも束の間、そろそろ大通りから近所の小道に入る。もう一つ先の交差点を曲がると、大通りの二車線から狭い一車線になるのだ。街灯も隣との距離がはなれて、自信なさげに立ちすくんでいる。それを見るとこちらもなんだか心許なくなる。道が細くなると、なんだか心も細くなるような気がしてくるのをどうにかして勇気づけながら足を左右と交互に動かす。動かしているのに集中していると、いつの間にか向こうに目的地がぼんやりと顔を覗かせる。
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ああ、もう少しで我が家だ。やはり帰る場所を目の前にすると、心がホッとする。そう思う頃には時計の長い針は大きく半周をしていた。そういえば、あのキャラメルがかったポップコーンの香りはなんだったのだろう。記憶を辿るが、どうしてあの香りが交差点に漂っていたのかは不思議なままであった。だから、時折、赤信号でもないのにあの交差点に立ち止まってみる。あの夜の甘い香りを待ちわびながら——。