私が謝りたい人、それは同級生の『きょうへいくん』だ。今ではどんな漢字で書くのか、苗字はなんだったのかすら思い出せない。顔の記憶も中学生1年生のときで止まっている。

いじめ対象のレッテルを貼られたきょうへいくんは……不登校になった

小学生のきょうへいくんは、いたずら好きで周りから迷惑がられていた。「道路を渡っていたときに車と衝突しそうになった。思わずジャンプしたらボンネットに乗って助かった」などと、ホラもよく吹いた。

私の学年は荒れていたので、やがてきょうへいくんはハブられた。その村八分はすさまじい。いじめ対象のレッテルを貼られると、学年が上がってクラスが変わってもハブられ続けるものだ。きょうへいくんは、それが耐えられなかったのだろう。しばらくして学校に来なくなった。

私はいじめの傍観者として、いつ自分にもいじめ対象レッテルが貼られるか怯えていた。ほかにもいじめ対象レッテルを貼られている子は、複数人いたが学校に来ていた。

だから正直、不登校のきょうへいくんのことを脱落者のように思っていた。学校に来なくていいなんて、家でのんびりできるなんてずるいと小学生のときは思っていた。

「いけないんだよ!」という私の正義感が、彼の勇気を壊してしまった

中学1年生になると、私のクラスにきょうへいくんの名前があった。中学生活がはじまってしばらくし、きょうへいくんが登校してきた。給食の時間は近くの席同士でグループをつくって一緒食べるのだが、私はきょうへいくんと同じグループになった。

みんなでおしゃべりしていると、きょうへいくんはイラストを見せてきた。「これ俺がこっそり潜入して撮った写真!」そう言って見せてきたイラストは、男性の裸の下半身を鉛筆で描いたものだった。男子たちは笑った。きょうへいくんは嬉しそうだった。

でも、私は男性の下半身のイラストなんて見せられて不快だったし、なんでそんな小学生みたいな冗談を言うのかと呆れた。

「食事中にそういうイラスト見せちゃいけないんだよ」と、優等生ぶったことを言ったのを覚えている。すると、きょうへいくんは悲しそうな顔をした。今までに見たことがない、いたずら好き・ホラ吹きだった彼からは想像できない顔だった。その顔を見て当時の私は「……しまった」と思った。

もし大人になったきょうへいくんに会えたら、ちゃんと謝りたい

29歳の今も、ときどき思い出して後悔する。きょうへいくんが勇気を出してやっと登校してきたのに、私の一言で彼の勇気が消えてしまった。きょうへいくんの両親にも申し訳ない。息子が中学校にも登校できないとわかり、落ち込んだだろう。

実は私も学校には通っていたものの、もともと女子特有の仲良しグループや派閥といった人間関係の中で、うまく付き合っていけるタイプではなかった。小学校の卒業前にはとうとう、いじめ対象になってしまった。

大人の“生きづらさ”というのを聞くが、私の経験からいわせれば子どもの“生きづらさ”のほうが桁違いに辛いと思う。大人になってから苦しいことは多々あったが、心臓がわしづかみされたように痛むレベルのストレスは、いじめられたとき以来ない。きょうへいくんも同じ思いをしたのだろうか。

親同士も仲良くはなかったので、きょうへいくんの話はまったく聞いていない。成人式でも見かけなかった。でも、もし大人になったきょうへいくんに会う機会があったら「あのときは大人気ないことを言ってごめんね」と謝りたい。

きょうへいくんがもし不幸な気持ちでいたら「お前のせいで学校行けなかったんだ」と責められるかもしれない。でも、私はそれでもいいと思っている。

大人が思っている以上に子ども社会は理不尽だ。子ども時代に経験した“生きづらさ”は、自分が親になったときの糧にしたい。