あれは、去年の10月1日。
半袖では少し肌寒くなり始めた秋の夜。思うと、このときが「彼」と最後にしっかりと話せた夜だったかもしれない。

「暇ー?いつものとこでbeer fes?みたいなのあるみたいなんだけどこない?」

金髪が可愛らしい友達からの誘いで、バイト終わりの午後9:30過ぎに、私は参道の坂道を歩いていた。
私が暮らしているのは、お寺と、その参道が少しだけ有名な北関東の外れの街。大学進学でやってきたこの街で、私たちはたくさんの思い出を作っていたし、これからも数えきれないくらいたくさん重ねていくと、疑いもなく思っていた。

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日がくれて、夜になると、昼間は観光客で賑わう参道も、色を変える。道沿いの居酒屋から溢れる笑い声と、ネオンが道を照らす。その中でも一際大きい笑い声が溢れているバーがいつもの目的地である。
同級生の1人がアルバイトしているこのお店は、気づけば同級生たちの行きつけになっていた。人波をかき分けて、奥に進むと見知った顔がたくさん。

誘ってくれた金髪ガールと、いつも一緒にいる女の子、同級生の男の子たち。そのなかにいつものように彼はいた。

みんなよりも少しだけ年上の彼は、みんなよりもたくさんの道を通ってこの大学に入学していた。どの学年にも、はたまた大学の外にも友達がたくさんいて、どんな飲み会にもいて、この世界の全員に愛されてるんじゃないかって思っちゃうくらいの人気者だった。
バンドの生演奏で声を張り上げなければ声の届かない店内で、わいわいお酒を飲むみんなをよそ目に、なにか、真剣な話を、しっぽりとふたりで語り合ったことをよく覚えている。

それなのに何故かなにを話したのかがどうしても思い出せない。そんなにたくさん飲んでいたわけでもないのに彼との会話だけが、思い出せないのである。

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それから、お店が片付けを始めるまで、私たちはずっと楽しくお酒を飲んでいた。

たしか、深夜の2時を回っていたような気もするけれど、この秋の夜長を大事に噛み締めるかのように、いつもなら30分の最寄り駅までの道を缶酒片手に、1時間かけて歩いて帰った。
この時に撮られた彼と、私と、同級生との写真は、いまでもスマホのお気に入りアルバムに入れてある。ハイボールを持つ彼と同級生、それからなぜかお酒じゃなくてアジフライを持っている私が並んで笑っている。

この1時間の道でもやっぱり私は正直なにを話していたのか思い出せなくて、でも、とても楽しかったことだけはよく覚えている。

夏の初めのよく晴れた日に、この世界の全員に愛されてるんじゃないかって思っちゃうくらいの人気者だった彼は、突然私たちの世界からいなくなってしまった。不慮の、事故だった。
こんなことになるのなら、この最後の秋の夜を私は、風の匂い、星の煌めきまでのすべてを覚えていたかった。

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あんなにも優しくて、人気者の彼だから、神様は早く手元に連れて行ってしまったのかな。
お酒大好き、飲み会大好き、だけど、実は勉強もよくできて、面倒見がいい。なのにお酒を飲むとどこでも寝てしまうから、「本当に残念だよね」なんて友達とクスクス笑っていたっけ。そんなことももう、ないんだね。
彼がいなくなった夏が終わって、冬がすこし顔を覗かせ始めたけれど、実はまだいまいち信じきれていない。

あの秋の夜から1年がたって、私は今も、彼が目指していたのと同じ夢を目指し続けている。医師になることである。
彼を奪った事故について、世間では憶測や推測が飛び交っていて、本当の彼とは違う姿がたくさん報道されてしまった。
それに対して、私たちのあげる声なんて小さくて取り上げてもらえることはなかなかない。けれど、同じ道を歩いていた私たちが夢を叶えて、たくさんの人を助けることができたら、そんな世間への大きな抵抗になるのではないかと思っている。

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彼が生きていたら、ほんとうにたくさんの人を救って幸せにしていただろうと容易に想像がつく分、悲しさもひとしおである。
彼と、家族の悔しさを思うと今でも涙が出そうなくらい胸が痛むけれど、私たちはそれでも学び続けなければならない。

学び続けて、いつかたくさんの人の役に立って、その生涯を終えた時に、久しぶりと言ってまたお酒を飲みたいな。それまで頑張るからどうか、忘れないでいてね。