憧れていた東京大学に合格した日から、私の苦しみは始まっていたのかもしれない。
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高校生のとき、代わり映えのしない地方都市でこのまま過ごすのが嫌になり、突如、東大受験を宣言した。勉強は得意な方ではなく、東大への進学実績もほとんどない高校だったが、東京に行き、東大に通えば、人生がうまくいくという期待を抱いていた。猛勉強の末、高校でその年唯一の東大合格者となり、楽しいキャンパスライフを夢見て上京した。
受験勉強の間、私は東大への憧れを勝手に膨らませていた。たとえば、東大生タレントの友人ができ、その友人のコネで自分がテレビに出演することもあるかもしれないと本気で思っていた。東大生は時給5000円のアルバイトがあるらしいから、貯金をして海外留学をするのもいいし、卒業後は、名の知れた一流企業に就職できるだろうが、芸能界入りとどちらがいいだろうかなどと妄想していた。
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東大に入学してすぐ、男女比が8:2で男性が圧倒的に多いことや進学校出身者の内輪ノリに違和感を覚えた。ただ、時間が経てばそのうち慣れるだろうし、こうした社会構造を変えていかなければいけないと正義感も抱いていた。大学生活は4年もあるし、今を乗り越えれば憧れのキャンパスライフが手に入ると信じていた。
しかし、ゴールデンウィークが明ける頃には、1人でご飯を食べ、大学では必要最低限の会話しかしないことが日常になっていた。「大学は遊ぶところ」という入学前のイメージとは異なり、休日も課題に追われていたし、遊び相手もいなかった。アルバイトをする時間が十分に捻出できないうえに、割のいいバイトは一部の進学校出身者に限定されているか、それこそコネがないと見つけられなかった。明日こそは誰かが助けてくれると願っていたが、次の日も、その次の日も何も起こらなかった。こういうことを繰り返しているうちに、ようやく東大に入っても、ある日いきなり華やかな生活が待っているわけではないと理解した。
東大は友だちの作り方、ファッションやメイクのコツ、芸能人とのコネクションの作り方を教えてくれないし、授業科目の英語だって自分で学ぼうとしなければ身につかない。失敗を経験しながら学ぶしかないのに、私は東大に入ればなんとかなると思って、ただ幸せがやってくることを待っていただけだった。
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結局、芸能人の友だちもできず、テレビ出演も時給5000円のアルバイトも海外留学も経験しないまま、東大を卒業した。留年もしたので、就職活動ではその理由を説明するのに苦労した。自分にできることをすべてやり切ったと言える自信がないから、境遇を社会や環境のせいにするのもはばかられてしまう。
会社員としてごく普通の生活を送っている今でも芸能界や海外に興味があり、内心では憧れている。もちろん、東大と同じで、外側からはきらきらして見えているだけで、実際には大変な世界であることはさすがに学んだ。それでも、私は憧れることを諦められない。このままでは終われないという気持ちがある。だから、受け身の姿勢で待つのではなく、自分から動いて現実にしたい。これこそが、かつて私の憧れだった東大で学んだことだ。