「え?無印」といつものツンとした声と恋つづの天堂先生のような目つきで答えた先輩。いつも思う。この目つきは練習してるのかなって。そういうところがある先輩だった。
その次の日に無印に行って、ワクワクした気持ちで無印のルームフレグランスを買ったのは、もう四年も前のことだ。
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コロナ真っ盛りの四年前、私は毎週のようにサークルの先輩の家に飲みに行っていた。その先輩はサークルの中心的人物で、自他共に認めるイケメンだった。サークルに入って半年。私は、全然周りに馴染めていなかったし、馴染もうともしていなかった。だけど、その先輩とは仲良くなりたかった。喋ったこともないくせに、「私と先輩は仲良くなるんだろうな」となんとなくそんな自信があった。
ある日学祭テンションで、飲みの場で喋る機会がやってきた。「このタイミングだ」と確信して、次に繋げるために、演技派の私を登場させた。しばらくして、少しドキドキしながらも飲みに誘ったら、あっという間に仲良くなることができた。両者の利害が一致していたのが一番の理由だろう。次第に馴染むつもりがなかったサークルも話せる子が増えた。それと同時に他の女の子からの嫉妬も手に入れた。ここまでは想定していた通りだった。
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初めは店で飲んでいたけど、次第に先輩の家で飲むようになった。先輩の家は、綺麗に片付いているように見えながらも、物が多くて……。でも洒落ていた。玄関の扉を開けると、部屋の真ん中の快適なソファに吸い込まれる。そしてそのクッションを抱えながら、夜通しお酒をのむ。それがお決まりだった。
先輩はいつも良い香りがした。先輩の着る服はもちろん、髪もお部屋も。いわゆる男性臭というか、油っぽい匂いは全くしなかった。その中でも特に、お部屋の香りが好きだった。落ち着いて穏やかになるその香りが。ある日、私は自分の部屋も同じ香りにしたくて、先輩に聞いた。
「先輩、どこのルームフレグランス使ってるんですか?」
「え?無印」
と教えてくれた。
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次の日から私の部屋も先輩と同じ香りになった。だけど、先輩の部屋で感じる感覚にはならなかった。結局私がそのルームフレグランスを買ったのは一回限りだった。
それからも先輩の家には通ったけど、お互いの就職を機に、お家で会うことはなくなってしまった。始まりが急だっただけに、終わりもあっけなかった。そう、所詮男女の関係なんてそんなものだ。それも想定通りだった。
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この前、乗鞍に遊びに行った。宿泊先のゲストハウスに入った時、香りに反応した。「どこかで嗅いだことのある香り。思い出せないけど、思い出さなくてはいけない」なんとなくそんな感じがした。身体の感覚全てを香りに集中させて、全身で感じた。すると、先輩との出来事がまるで昨日のことのように思い出された。後から調べると、特定の匂いで感情や記憶を思い出す現象を「プルースト効果」というらしい。
でも、圧倒的に違うのはこの場所に先輩がいないこと。思い出すだけ思い出させて、そんなのずるい。その時、「フン」と鼻で笑われている、そんな気がした。
「先輩、やられたよ」そう言いたくなった。