ファンというのは、骨の髄から推しのことが好きで、生まれ変わったら推しになりたいと思うくらい愛が重い。口には出さないあの子も、夢に推しが出てくるのを願って、夜な夜な枕の下にブロマイドを入れていることだろう。

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好きな人と同じものが欲しい、という欲求は真っ当なもので、特に香水には例えようのない憧れがある。推しに近くでなかなか会えないファンにとって、匂いを想像するのは難しい。共演者が「いい匂いがする〜」と言っても、この世にいい匂いのするものなんてごまんとあるし、いい匂いの定義はそれぞれ違う。一体推しはどんな匂いを纏っているのだ…!とファンは悶えながら情報をかき集める。

4年前、当時の私の推しは嵐の大野智さんだった。2020年をもって活動休止を発表していたので、そろそろ別れの時期だな〜という頃に、同じく大野さんを推す友だちのショッピングに付き合った。彼女は横浜のジョルジオアルマーニに向かった。

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何十年も前、大野さんが使っていたのが、アルマーニのアクアディジオと言われている。本人が銘柄を公言したわけではないが、コンサートのMC中にファンとのやり取りで、アクアディジオの特徴に当てはまる香水を使っていると特定され、嵐ファンの間では有名な代物だ。やり取りの中で、大野さんは「メロンみたいな匂いがする」と話していた。

彼女はそれを求めて店舗に出向いた。4年前といえば、私たちはまだ大学生で、コロナ禍でバイトもろくにできていない。アルマーニの香水は決して安くない買い物である。

ドキドキしながら店舗に足を踏み入れて、緑色のそれを見つけたときには二人で舞い上がった。

「そちら人気なんですよ」

BAさんに声をかけられて、少なからず私は狼狽えた。高級なお店で香水片手に舞い上がる大学生なんて、邪魔でしかなかろう。

「何かを見てお求めですか?」
「えっと…」

嵐の大野さんが愛用してたらしくて…、と小さい声で友だちが言った。嫌な顔されたりしないだろうか。私たちは、アルマーニのブランドでなく、アイドルを理由に買いに来たミーハーに変わりない。
しかし、BAさんは目を見開いて「ああ!」と頷いた。

「私の友人も同じ理由で買ってました!」
「本当ですか!」
「本当です!よかったら嗅いでみます?」

友だちとBAさんのやり取りを見て、気が抜けた。どうやら先ほどのは杞憂に終わったらしい。
しかし、香水を買いに来たのはあくまで友だちで、私は付き添いである。輪の中に「私もファンなんです」と入って行っては、香水を買う流れになってしまう。私はお金を持ち合わせていなかった。

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「お姉さんも大野さんファンですか?」

まずい。

「よければお姉さんもどうぞ!」

言い淀んだのをYESと判断されたのか、ムエットを差し出される。爽やかな中に感じるほのかな甘み。確かに果実っぽさがある。

ムエットに夢中になっている間に、友だちはそれをさっさと購入し戻ってきた。商品を購入したので、お店にとっては我々はもう用無しである。
しかしBAさんはにっこりと笑って、私たちの手首にサンプル用のアクアディジオを吹きかけた。

「推しの匂いに包まれて今日を楽しんでください」

神対応というものを初めて目の当たりにした。友だちはまだしも、私はただの付き添いで、お店に何の貢献もしていない。根からミーハーの若輩者に、高級な香水を惜しみなく吹きかけてくれたBAさんを心から尊敬した。

私もお金を貯めて、推しと同じ香水を買おう。そう心に決めて数年、私は今、一番の推しであるあいみょんと同じ香水を愛用している。
私を包むメロンのような香りとBAさんの笑顔を私は一生忘れない。