名字に無頓着な私でも改姓して感じた、選択肢がないことへの違和感

私は今年、名字が変わった。
男女問わず、名字が変わる機会は色々あると思う。例えば、結婚、離婚、再婚、養子縁組など。もちろん、すべての人が人生で一度は経験するイベントというわけではないが、多くの人が自分もしくは身近な人で経験することがあるだろう。
私の周りにも、親の再婚で学生時代に名字が変わった友人や、遺産相続に伴い祖父母との養子縁組を経て名字が変わった同僚、また、結婚して奥さんの姓を選んだ男性の先輩など、様々な経緯で名字の変更を経験した人がいる。
正直、私は自分自身の生まれながらに与えられた名字にそこまで愛着が無かった。調べてみると、全国の名字で4,000位くらい(全国に約3,000人いるらしい)のそこまでありふれた名字ではなく、学生時代に同級生と被ったこともなかった。
しかし、それ以上に絶対に被ることが無いような珍しい名前だったからか、幼い頃から自分のアイデンティティを名前の方に見いだしていたのかもしれない。
男女問わず友人からは下の名前で呼ばれてきたし、少し特殊な例かもしれないが学生時代に先生からも下の名前で呼ばれることのほうが多かった。
今の会社では、入社前から途中で名字が変わる可能性があったので、初めから周りの人に名前で呼んでもらえると嬉しいですと伝えてすっかり下の名前呼びが定着した。
そんな風に、特に名字にこだわりを持っていない私だったが、実際に名字が変わったあとの手続きについては骨の折れる思いもした。
複数の銀行口座やクレジットカードの名義変更はとりあえず粛々と進めることにした。しかしその他にも自分の名前を使って登録しているものは次々と出てきて、公共料金の支払いサイトや、各種ECサイト、また、よく買い物をする近所のお店のポイントカード等、数えきれないほどの名義変更をせざるを得なかった。
もちろん、旧姓であって偽名ではないのだから、即日変更しなければ罰されるものではないのは分かっている。
が、例えば、オンラインで飲食店の予約をした際など、うっかり名義変更を忘れているままで予約をしてしまうと、いざお店についてから新姓で「●●(旧姓)で予約した~」と店員さんに伝えても、店員さんの表情は曇り、ただ困らせてしまうことになる。
特にここ数年、結婚した際の夫婦の姓について同姓に限定するか別姓を認めるかは、世間を巻き込んだ大きな議論になっていると感じる。
自分の周りに結婚して名字が変わった、もしくは変えざるを得なかった友人等が増えたからよりそのように感じるのかもしれない。
元々、そこまで自分の名字にこだわりもなく、同姓/別姓議論に強い意見を持っていなかったし、実際に名字を変えても前の名字が名残惜しくて……という気持ちも特に無い。
それでも、自身の姓を変えるという経験をして初めて「別姓を選ぶことが出来ない」ということの違和感を覚えた。
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