定期的に、スケジュール帳に「何もしない」という予定を入れている。
この時間で、私は私をリセットする。
仕事や日々の生活に追われていると、知らず知らずのうちに、頭のバッテリーの回復スピードが遅くなってくる。そして、自分が本当は何を考え、何を感じているのか?っていう感覚に鈍くなってくる。
日々をこなしていると、良くも悪くも自分自身に対して鈍感になっているから、それを取り戻す時間は、とても大切だと思っている。
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「何もしない」という予定で私は何をしているのか?最近したことを振り返ってみる。
最近は、家からカフェまで1時間半くらい歩いて行った。電車を使えば30分ほどだし電車賃だって高くないけれど、ウォーキングは健康にいい、という話を聞いていたから、時間がある今日だ!ということで私は歩き始めた。
1時間半は、街を見ながら歩いているとそんなに長くは感じなかったし、ちゃんと歩くのって難しい。背筋を伸ばして前を向いて、地面を蹴るように踵をつけて……など意識しながら歩くと、とってもいい汗をかいた。
カフェで食べたスパイスカレーとチーズケーキは、ここ最近で一番美味しかった。その後、カフェでそのまま少し読書をして、音楽を聴きながら歩いて帰った。
その夜は、程よい疲れと満腹感でよく眠れたし、毎日こんな質のいい睡眠ができることが理想だ、お肌もツルツルになるに違いない。
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他には、本格的なプリンを作った。ちゃんと湯煎して生クリームも使って、2時間くらいかかったけど、無事に固まって成功した。
以前に友人が作ってくれたプリンがあまりにも美味しくて、レシピを聞いていて、作ってみたいと頭の片隅にあったけど放置していたこと。プリンを食べる時間は4分くらいなのに、作るとなるとこんなにも細かい作業があるし、材料の種類と配分を考えながらじゃないと美味しいものってできない。
少しでもバランスが崩れると固まらない、なんという芸術、なんという繊細さ!
世の中の美味しいものって、食べる時間の何倍もの時間と労力が費やされ、作られているんだよね、材料を辿れば全て地球に戻ってしまうよね、なんて考えていた。
さらに、1人カラオケに行くとか、歯医者の定期検診に行くとか、部屋の掃除をするとか、断捨離するとか、読みたかった本を読むとか、ヨガをするとか。
予定を事前に立てるわけじゃない。「何もしない」という予定が始まってから、心の赴くままに行動する。私はそんな日が定期的に必要で、それによって心が回復できるし、自分を取り戻すことができる。
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以前は、何か生産的なことをしなきゃと、半ば強迫観念に襲われて興味のない資格の勉強をしたり、罪悪感から誘いを断らず予定を詰め込んだり、していた。
でも行動の動機が、強迫観念とか罪悪感とかだと、それは本心じゃないからいいことってない。心と身体が分離してしまって、私の場合、夜眠れなくなるとか、寒気がするとか、食欲を失って急に3キロ痩せるとか、逆に過食してしまうとか、部屋がとんでもなく散らかるとか、そういう時って大概、サインとしてどこかに出る。
だから、行動の動機は、実感を伴った「してみたい」であるべき。
だから、頭の片隅に小さな箱を作って、小さな「してみたい」を貯めていく。
「してみたい」と思っていることって、自分にとって、やったことないけど本心ではやってみたい、つまり「挑戦」である場合も多いから、それに取り組むことってとっても大事。自分の脳にとっての刺激やひらめきにもなるし、自分を肯定できるようにもなる。
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昔はそういった自分の取り扱い方が分からずもがいていたけれど、今はそれを自分で認識できるようになったことに、もがいて苦しんでいた頃の自分に、心から感謝している。
そして、自分の取り扱い方をもっと深く知っていきたい。自分という広大な海を、どこまで深く潜れるだろう、楽しみだ。