バレンタイン。
彼にチョコを渡し、胸に秘め続けた想いを伝える。
頬が赤いのは顔に当たる冷たい風のせいか、恋をしているからなのか。
その想いが叶わなくても、この特別な日に告白をするという勇気は美しくて尊く、誰しもが一度はやりたいと憧れる神聖なものだろう。

自慢じゃないが、私は中学3年生の時にバレンタイン告白をやってのけたことがある。そう、自慢ではない。
私の告白は、私のことを変態キモキモ陰キャ女だと嫌っている彼に交際を願いに行くという負け戦だったのだ。

事の発端は、アヒルの子が白鳥に憧れるように脱オタクを図ったこと

言っておくが、私は変態キモキモ陰キャではなく、清純で慎ましい淑女な陰キャだ。
何故おかしな印象を彼が持ってしまったのか、事の発端はアヒルの子が白鳥に憧れるように、脱オタクを図り、キラキラ女子と友達になりたいという、私の醜いアヒルの子魂が燃え盛ってしまったことである。

私はヒエラルキートップにいたバスケ部女子達と友達になるための方法を考えた。勉強が苦手だった私は結局、自分の身を削る作戦しか思いつかない。
突然好きな人を暴露したところ、恋に敏感な彼女達は親身に私の話を聞いてくれ、晴れてヒエラルキートップ集団の仲間に入ることができた。

そうして私はバスケ部女子だけと仲良くつるんでいたが、無論中三デビューの私とは違い、バスケ部女子たちの持つコミュニティはここだけではない。男子界のヒエラルキートップ集団とも仲がいいのだ。

中学生にとって「内緒」はただのスパイスで、派手な人ほど派手に話題をぶちまけたがる。私の恋事情は当然男の子達にも行き届き、人から人へウイルスのように伝達されていった様は恐怖であった。
瞬く間に同学年の全生徒が私の恋を知ることとなる。当然、意中のあの彼もだ。

他人の恋はエンターテインメント。周りの提案に乗り負け戦へ

すれ違うたびにお互い静かな照れを覚える程度で済めばよかったものの、派手男子達は私の恋をおもちゃにし始める。
黒板に相合い傘を描かれたり、私の手を掴み、強引に彼の手に触れさせたりを繰り返した。
さらには私が彼の髪の毛を欲しがっている、などといった妖怪じみた噂も広まり、無事に変態キモキモ陰キャ女という印象が築かれた。
冬になればもう彼からは気持ち悪がられ、あからさまに避けられているのを感じていた。

確かめなくても私の圧倒的片想いであることは明白である。
これ以上傷つかないよう、嫌われないように距離をとってひっそりと生きていた。
しかし、ヒエラルキートップ軍団は私を逃さない。バスケ部女子も派手男子たちも、バレンタインで告白したらどうだと言ってきた時には奴らが地獄からやって来た悪魔かと思った。

絶対にフラれるじゃん、と抗議をしても、「可能性はあるから!」と無理矢理戦地に向かわせようとする。彼らは結局、成功を応援してくれているのではなく告白してフラれるまでを見届けたいだけなのだ。中学生にとって他人の恋はエンターテイメントに過ぎない。

もつれた糸を断ち切れないマリオネット。私は負け戦に出向いた。

彼と向き合う。これからフラれるのかと思うと気分は最悪である

当日は何もかも恥ずかしかった。

教室は痒くなるような独特の空気が漂っていて、女子はやたらと女子同士で固まるし、男子はいつも以上に大きな声で大袈裟にはしゃいでいる。でもお互い、自然と目は異性を追いかける。その空気が私にはキツい。

放課後、彼の家まで行って告白する私に「木陰に隠れて応援してるからね」と観客がついた。見物料で金をとってやろうか。
勝算のない告白をする私にとって、本気になってチョコを作るのがバカらしく思えた。結局、私はチョコを作らなかった。
家の前まで行きチャイムを鳴らし、彼と向き合う。これからフラれるのかと思うと気分は最悪である。

スーパーで買ったしみチョココーンを渡した後、告白する勇気が出ずに永遠にも思える沈黙が流れた挙句、「いきます!」とアムロよろしく告白の合図を自分で言う。消えたい。
当然、「ごめん」の一言でフラれることとなった。
すごすご戻り、すぐに女子達に慰められる私は空気を読んで涙を流す。
おもちゃで始まり、おもちゃで終わる恋だった。

返事を悩む“フリ”をしてくれた優しい彼を、好きになってよかった

私にとって唯一の救いは、告白した後「ごめん」と言う前に、彼は間を作って考える仕草をしてくれたことである。
もちろん断ることは決まっていて返事を悩んでいる“フリ”の時間ではあるのだが、すぐさま断り傷つけさせないように気遣ったのだ。
私の好きな人は嫌いな奴にも気を遣えるような優しい人であることを知る。
負け戦バレンタインをきっかけに、この人を好きになってよかったと心から思うことができた。

あれから月日がたち、成人式の日に同窓会を行うことに。
あの日のことはきっと懐かしい昔話だ、優しい彼と久々に話してみようと声をかけると、刑務所から出所してきたストーカーを見る目を向けられた。

いい思い出として大切にしていた私と、嫌な出来事として刻んだ彼。これが二人のバレンタインの思い出。