私はここで元彼とのちょっと苦い記憶に向き合ってみようと思う。

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高3の時に、両片想いやすれ違いなどの紆余曲折を経て彼と付き合うようになった。受験生なので勉強漬けの日々。放課後一緒に駅まで帰ったり電話をつないで一緒に勉強したりする程度のささやかな付き合い方だったが、今思えばそれはそれで楽しい恋だった。

2人とも第一志望に合格し、遠距離恋愛が始まった。平日はLINEでやり取り、週末に1〜2時間ほど電話で喋るというルーティンが続いていた。しかし、熱い想いに駆られた遠距離恋愛は長く続かなかった。私は1年生のうちは時間に余裕があったが、彼は週六・早朝開始の忙しい部活に入り早くにバイトを始めたので時間にも心にも余裕がなくなってきたようだった。2ヶ月もあった夏休みは実習・部活などで忙しく、会える日はたった1日しかなかった。

金曜日のある日、バイト終わりにスマホを見ると彼から不在着信があった。テスト期間や誕生日以外は日曜日しかかけてこないのに、何かあったのか。嫌な予感がした。電話をかけると突然「ネキの夢は?」と聞いてきた。話の方向は互いのキャリアプランになった。OBの人から直接聞いたというキャリア形成の苦労、家庭を持ちたいなら医者のような職業の人が相手では厳しいだろう…と(彼はJRA職員を目指していて、一方の私は医学生だ)。

ここまで来れば用件はわかる。加えて、今の状況では友達の関係と変わらないともいわれた。思うところは多々あったが、私は別れ話を受け入れた。大学卒業後のことを考えるといずれは別れないといけなくなると思っていたので、ここで別れるのが合理的なように思えた。彼の心が私から離れつつあるのであればなおさら。電話を切る時の彼の涙声から真意を完全に汲み取ることはできなかった。

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別れた後は一切連絡を取らず、激しく落ち込むこともなく平穏な日々を過ごしていた。しかし2年生の夏、友達に人生初の彼氏ができると私の心は穏やかでなくなった。その子は彼氏の話になるたびに幸せに浸ってのろけ、仲の良さを大いに見せつけられた。別にマウントをとる意図はないのだろうがそんな様子の彼女を見ると少し腹立たしかった。

次第に私は混沌とした気持ちを抱えるようになった。まずは幸せモード全開な友人への苛立ち。間違いなく、これは彼女への嫉妬だ。だって彼女は同じ教室にいる彼氏にいつでも会えて、将来は同じ職業だからキャリア上の制約や心配もない。新幹線で1時間半で会える距離だが相手が忙しすぎてそもそも会えず、将来的にはいつか別れないといけないであろう私とは状況がまったくちがうのだ。

湧いた感情は友人への苛立ち・嫉妬だけではない。自分がなぜ交際していたのかわからなくなっていた。彼のことが好きだったから?それとも彼氏がいるというステータス意識や優越感、自分を愛してくれる人がいるという拠り所がほしかっただけ?私は彼のことが好きだった。不器用で、ちょっとオタク気質で空気が読めないところがある人だった。

でも私を好きでいてくれた。相手が私に好きだと言ってくれたのと同じぐらい私はちゃんと彼に好きだと伝えたか?最後に上野駅で会った時に、人目をはばからずに気持ちのままに抱きついたなら、今はなにか変わっていた?

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別れを切り出してきた彼の気持ちすらわからなかった。キャリアの話は別れの引き金なだけで、私を好きでなくなったのが主たる理由か、本当に将来のことが理由なのか。別れて以降LINEを無視されているので知りようがない。どちらがいいとは言えないので、知ったところで何にもならないのだが。

よりを戻したい気持ちなんてないし、これ以上考えたところで無駄でしかない。それでも仲の良い友人カップルを見るとふと思い出して寂しくなってしまう。彼に会ってぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られる。そんな時、彼のLINEのプロフィールが更新されていないか確認する。彼の部活の公式SNSに出てこないか探してしまう。ただ、体を壊さずに元気にしていることを確認したかった。

私は恋人と別れても寂しくなんてない、強い人間だと思っていた。でも、本当はぐちゃぐちゃな感情を心の底に押し込んで無理やりしまっているだけだった。こうしてパソコンに向かい、今の思いを書き連ねることが私にとっては一番のさびしさとの向き合い方なのかもしれない。