興味本位で受けた検査結果に「まさか」と「やっぱり」が入り混じる

私の就職活動は、全然うまくいかなかった。そこそこいい大学を出たつもりだったのに、面接で何をしゃべっていいのか、何度やっても全然わからず、卒業直前の2月までかかった。たまたま内定をもらえた全然希望じゃない販売職に就いた。控えめに言って地獄の日々。やっぱり全然合わなくて、その仕事は4ヶ月で辞めた。

その後職を転々として、なんだかうまく眠れないようになった。睡眠導入剤をもらいに行った病院の問診票に、こんな文字列が並んでいた。
「発達障害検査を希望しますか?」
私は、まさかな、と思いながら、半分興味本位で、横にある「はい」の文字を丸で囲った。検査は何度も病院に通う必要があり、数ヶ月かかった。
しばらくして結果が出た。私は26歳で、発達障害(ASD・ADHD)と診断された。

嘘でしょ、と認めたくない気持ちと裏腹に、たくさん心当たりがあった。学校は基本的になじめなかったし、いじめられたし、社会に出ても、緊張でお客さんとぎこちない会話しかできなかったり、仕事の進捗報告が下手で、上司の知りたいタイミングに合わせることができなかったりで、よく怒られていたのだ。

仕事が楽しい!大変だけどやっと見つけたやりがいのある仕事

会計事務所に入って1年ほど経った頃、体調を崩して休職することになってしまった。時間ができた私は、考えに考え抜いて、障害者雇用で転職することに決めた。それならきっと、障害特性に対して配慮をしてもらえて、体調不良の原因となった過度な残業をすることもなく、無理せず長く働き続けられると思ったから。

その転職活動のとき、助けてくれたのは、以前取っていた簿記3級の資格だった。それからもうひとつ、「会計って楽しい!」という気持ちだった。

会計事務所の日々はしんどかった。周りが税理士の有資格者だらけの中、私だけが資格なしのアシスタントだった。資格なき者に人権なし、とまでは言わないけど、どこか一人前じゃない感じだった。日々雑用や、記帳代行の業務をこなす中で、私は初めての感情に出会った。「仕事が楽しい!」
自分で勉強した簿記の知識が、そのままダイレクトに仕事に活きる。昨日わからなかったことが今日はわかる。私、どんどん知識を吸収していってる。日々成長できてる。そんな感覚が、たまらなく楽しかった。

希望を叶えた仕事からさらなるステップへ。私の野望は続いていく

転職活動では、幅広く事務職を見ながら、できれば経理がいい、と思って活動した。経理だったら、会計事務所での実務経験も、簿記の知識も活かすことができる。なにより、きっと楽しい。そう考えていた。ある日、上場企業の事務職オープンポジション(各人の適性に合わせて配属してくれる)の求人の面接に呼んでもらうことができた。
「入りたい部署はありますか?」
私は胸を張って、こう答えた。
「経理部を希望します」

縁あって、その会社に入社できた。配属先は、経理部。希望が叶ってとても嬉しかった。新卒で就活失敗した私が、今や上場企業の経理!誇らしい気持ちも生まれていた。人生に希望を見いだし、希望を叶えるまで、とても長かった。でも、私は、ここまで這い上がったぞ!そう叫び出したい気持ちだ。

今もその会社で働いている。ありがたいことに、とても働きやすい会社だ。働く中で、私には次の野望が生まれている。

「USCPA(米国公認会計士)の資格を取って、外資系企業で働きたい!」
外資系企業では、障害のある・なしに関係なく、結果を出せばきちんと評価してもらえると聞いた。高度な知識を活かして働くことができたら、きっと毎日わくわくするだろう。そんな確信めいたものもある。今はまだ、簿記2級勉強中の身だけど、いつかきっと叶えてやるんだ。
私はまだまだ、地獄から這い上がれる。いつか来るそのときまで、勉強もがんばるし、上場企業の経理としてたくさん実務経験も積んでいく。それが私の、決意表明だ。