不登校。
社会問題となって久しいこの問題は、私の過去の一つである。

行けなくなった理由は今でもあまり言語化することができていないのだけれど、部活でもうまくいかず、クラスの中での立ち回りもうまくできなかったイイ子の私は挫折したときに立ち上がるすべを持っていなかった。
中学校で、そしてこれまでの人生最大の挫折となった。

大好きな漫画や小説の主人公ならば挫折すらもスパイスとなって、きっと次の巻では解決してしまう。
その傷すら勲章となって、より魅力的にキャラクターを形づくるのだろう。
キャラクター造形においては挫折から抜け出せた人は成長し、深みを持つ。
そのためにきっと作者は困難な状況に主人公の身を置き、そして救い出すのだろう。

◎          ◎

しかし、現実の人間はそうではない。
挫折に対して立ち上がろうともがける人間もいるのだろうけれど、私はそうではなかった。
立ち上がる程の勇気も気力もそのときにはなくて、なぜ私は今日も布団の中で天井を見上げて、時折ネットの海を徘徊することしかできないのだろうと思っていた。

電気もついていない部屋で自然光が少し入るほの暗い虚空を見ていた。

何もなくて、誰もいない。
私しかいない。

同級生はみんな今頃受験に向けて少しでも内を稼ごうと授業に励んでいる。
クラスの子は普通に学校に行って、同級生とうまくやれている。
私はどうしてうまくできないの?

クラスの子たちは残念なことに私をこの悩みから救ってはくれなかった。
救ってくれなんて今思えばきっとおこがましくて、図々しかった。
けれど、私は当時クラスメイトを本気で恨んでいて、なんで誰もこの地獄から助けてくれないんだろうと思い込んでいた。

◎          ◎

そんな私を必死に支えてくれたのは母だった。
最初こそは「学校に行かないの?」と毎朝声をかけてきてくれたが、だんだんと部屋どころか布団からも出て来ない私を見守り、時々話し相手になってくれた。

私の話し相手は母と自分だった。

自分の中でぐるぐると濃縮した呪いのような考えを、母が何度も解いてくれた。
そんな母を父は支え、幼い妹は当時の私を恐がりながらもそっとしていてくれた。

通学ができるようになった後も私は何度も通えなくなってしまったり、気分が底辺まで落ち込んでしまうこともある度に家族がそれぞれの方法で支えてくれた。

特に母が本当によくしてくれて、フリースクールやカウンセリングを調べてくれ、一時的にではあったが通うこともできなんとか高校入試もこなして中学校を終えられた。

◎          ◎

私は、家族にとても恵まれている。
文句も時々あるし、正直思うところもあったりする。
けれど、私はこの時塞いでもらった傷を愛しながら私も家族や誰かに返せるように生きていきたい。
私を救ってくれたのは家族の愛だった。