巳年に生まれた私は、今年年女というものになった。
「年女」とはいうけれど、自分の干支が巡ってきたという以外に何か特別なことがあるのかわからない。
日本語学を専攻する者らしく、辞書を引いてみると、「その年の干支(えと)に当たる女性。節分の豆まきをするようになったのは近年に生じた風潮」(デジタル大辞泉)とあった。
なるほど、節分の豆まきをすることもあるらしいことは理解できたが、やっぱりまだよくわからない。

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12年前、はじめて「年女」になったことを思い返してみると、早生まれの私は一歩先に「年女・年男」という称号を手に入れていた同級生たちが羨ましく、ようやく自分もそれを手にできたことが嬉しかった。
何より、年賀状や縁起物、街中の装飾など、私たちの「巳」が天下を取ったようで、何かに打ち勝った気分だった。
完全無敵気分の「年女」の爆誕だ。

大人たちの「ついに年女か、早いなあ」などと私の成長を喜んでくれているような、仲間として迎え入れてくれているような、そんな反応もくすぐったく、背伸びしたいお年頃だった12歳の私は「年女」を満喫していたように思う。

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そして現在、24歳、人より歩みが遅い私はまだ学生としてモラトリアムを満喫している。
「年女」という立場になっても12年前ほど嬉しさはなく、ただただ若さが失われていくような、そんな焦りとともに、でもやっぱり私たちの「巳」がまた天下を取る時が来たのだというような、少しの嬉しさもあるような複雑な感じだ。

さてそんな年女として、今年は何をしようか。
学生最後の1年だし、やり残したことを全部片付けたい。
卒業旅行は今年最大のトピックだ。ヨーロッパやアメリカも行ってみたいし、もう一度韓国にも行きたい。台湾や香港にだって、ベトナムやシンガポールにも行ってみたい。
それに、TOEIC950点も達成できていないし、ハイトーンカラーも、1人ディズニーもまだだ。書き出してみると、まだまだやり残したことがあるような気がしてくる。後回し癖が私の悪いところだ。

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私の人生の目標は、「人生トントン」だ。
1人で死ぬのか、家族に囲まれて死ぬのか、どんな死に方だとしても、「いろんなことがあったけど、まあいいこともたくさんあったし、人生楽しかったな」と思って死にたい。
祖母に「巳年らしく執念深い」と評される私のことだから、後悔を残して死んだらいつか怪談に登場するような妖怪になる気がしてならない。
いつ人生を終えるときがやってくるのか、もしかしたら神様さえ知らないかもしれない。
いつ走馬灯が駆け巡ってもいいように、やりたいことは全部片っ端からやっておくべきだと、名前も知らない誰かが言っていた。

無敵の「年女」の今こそ、後回しにするのをやめ、やりたいこと、やるべきことを全部やる私に生まれ変わろう。
部屋を片付け、断捨離をし、筋トレもして、新しい自分に。
巳年なのだから、できるはずだ。

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脱皮は蛇の十八番なはず。古い私を脱ぎ捨てて、粘り強く、なりたい私になるために。
そういえば、蛇の抜け殻は縁起物だ。

それならば、古い私も新しい私のためのお守りになるはず。
そのお守りを胸に、頑張ってみよう。

「年女だし」

その一言で、今年はどんなことでも叶えられる気がする。
次の私たちの天下では、何をしようか。
まだ12年あるのだから、ゆっくり考えよう。