私が新卒で入社した会社は古き良き日本の文化が根強く残った会社だった。よく言えば年功序列で経験の多い年長者が上司に何人もいる、悪く言えば新しい文化や意識をあまり取り入れず風通しの悪い会社だった。

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私の配属はホテルのレストランだった。そのレストランは日本料理だったので、女将さんと呼ばれるようなベテランの女上司が何人もいる、もはや大奥のような場所だったのだ。

しかしそんな大奥を束ねているのは比較的若い男性の上司だった。その人は私から見てもあまり仕事ができるとは思えない。いつもオドオドしているし、女上司の言いなりになっているようにさえ見えたのだ。営業方針でも料理人に言いくるめられている所を度々見ている。

なぜそんな人がマネージャーなのか。それは男だからだ。やはりこの会社は女性はなかなか昇進しにくいという風潮が残っているらしい。

その女上司たちは皆とても仕事ができて、周りが見えていて、部下を育てるのも上手い。しかしその人たちがマネージャーになれない理由は家庭があるから。産休、育休を以前取得し、お子さんが大きくなった今ではフルタイムで出勤しているが、小さい頃は時短で働いていたそうだ。そんな過去があるのでマネージャーにはしてもらえなかったと先輩から聞いた。

もちろん今でもお子さんのことや家庭の事情があり、自らマネージャーを辞退している可能性もあるが、だとしてもうちの会社は女性の管理職があまりにも少なすぎる。

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私はこの会社に骨を埋める覚悟で入ってきている。もちろん昇進だって、結婚だって、出産だって諦めたくない。全て手に入れたい。そのために必死で働き、結果を出し誰もが認める人間になるつもりだった。

しかし入社してすぐに知ったのはこのあまりにも酷い現実だった。

それからというもの、4年の間、私は腐らずにその会社に残り働き続けた。同僚も先輩も上司も嫌な人はいないし、皆とても仲が良かった。しかし、一向に給料は上がらず、経験値を上げるため異動希望をだしても通らず、異動していくのは男性の同期たちだけ。

そんな時私は入社当時に先輩に聞いたことを思い出した。本当に自分のキャリアを上げたいのならば、この会社は踏み台にしないと。ここで得た経験を武器に転職して自分で道を開かないとあなたのような子には勿体無い場所だ、と言われた。

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私はその日のうちに上司に相談し、退職の意向を伝えた。そして、次の日私はレストラン部の部長に呼び出された。部長はホテルの中でも支配人の次に偉い人で、そんな人がこんな私に何の用だろうと思って応接室へ向かった。

部長には退職を考え直して欲しいと言われた。そして君はまだ若い、お客さんからも人気者で辞めるのはもったいないよと言われた。

私は正直に自分の胸の内を伝えた。女だから昇進がしにくいこと、給料が上がらないこと、産休育休を取るとそれ以上の役職につきにくいこと、そして異動希望を出してもそれが通るのは男の同期だけだということ。

そして最後にお言葉ですが、お客様に人気があるのは私が若いからですか?と。あんなにも上司にはっきりと面と向かって物申したのは人生で初めてだった。きっと変に緊張してアドレナリンが出ていたのだろう。

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部長は鳩が豆鉄砲を喰らったかのように驚いていたが、私は後悔はしていない。何も間違えたことは言っていないし、失礼なことも言っていない。ただ、今まで違和感を感じていても誰も言えなかったことを伝えただけだ。

もう私は退職すると決めていたから、失うものなど何もなく、ここまで思い切れたのだと思う。この先もこの会社に残って頑張る同期、これから入社する後輩たち、そして私の大好きな女上司たちのために少しでも改善されれば、そんな気持ちで伝えたのだ。

その後私は退職したが、今でも同僚たちとは頻繁に飲みにいくほど仲が良い。詳しいことは聞いていないが、その同僚たちは以前私が勤めていた時よりも生き生きしているように見えた。あの時の私の勇気が少しでも活かされていたらいいな、なんて思った。