数日家を空けるから、どこかのタイミングで家にある植物に水をあげにきて欲しい。

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数ヶ月前、そう言われて合鍵を受け取った。
そして今、それを頼んできた彼の事や、彼との時間について考える。
今の状況に当てはまりそうな言葉がいくつか浮かびかけるが、何となく全部が違う気もして、頭の中で消した。

2年ほど前に出会い、すぐに惹かれ、お互いの家を行き来するようになった。今の私たちは恋人同士のようで、正確にはそうではなかった。会えばなんでも話はできるし、弱いところも見せ合えたと思う。小さなことでも報告しあい、悩みがあれば話す。

セフレという関係性の名称は、横文字を更に縮めたことでしっかりとチープになり、関係の脆さをよく表していると思った。正直この言葉で説明はできてしまう。そうではない。と言い切りたいが、それもできなかった。

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彼の言動から好意を感じることはたくさんあったし、私も彼のことをちゃんと好きだが、私には、ひとりの人と付き合う覚悟がない。

人と別れることで辛い思いはしたが、トラウマがあるわけではない。人に興味が無いわけでもない。ただ、パートナーになった誰かとの未来を想像することにプレッシャーを感じてしまう。そして、誰かの人生に並走する覚悟もない。私は私だけで生活をすることにさえ手一杯に感じてしまい、投げ出したくなることすらある。経済面でも精神面でもそうだ。もう20代が終わるのに、まだ自分が大人だという実感はなかった。

あの時、私は約束通り彼の部屋へ行き、窓際の棚に整列する植物たちに水をあげた。植物は面白い。光と風と水があれば、ぐんぐん成長する。成長した後に枯れていくことはあっても、成長する前に戻ることはない。

誠意をもって向き合い、言葉を尽くせば、誰とでも分かり合えると信じていた私にも、もう戻れないのかもしれない。届かなかった思いや、結局整わなかった思いはたくさんあった。しかし私もそれなりに人間としては成長し、そこそこに育ってはいる。それらの消化できなかった思いも抱えながら、この先も伸びていけると信じている。

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彼が渡してくれたのは、新しく作った、まだあまり空気に触れていない綺麗な銀色の鍵だった。私に渡すために作った鍵だろう。これは、この先も私が持っていて良いものなのか考える。持っていて良いから作ってくれたのだと思う。

鍵はまだ、私が持っている。私には、ひとりの人と付き合う覚悟がない。そう言い切っていたけど、もしかしたら今後、変わっていくのかもしれない。でもまだしばらくは、整わない気持ちを抱えて生きていくことになる。