「A子さん、30代女性より」――こちら、私のことである。
最近、地味にショックだった出来事があったので、そのことについて書きたいと思う。

仕事中、自分の勤め先のホームページをたまたま眺めていたときのこと。
「新規採用」のページに新たに「中途採用者からのメッセージ」なる欄が設けられていることに気がついた。

私は転職を経験し、今の会社で働きだしたことになるため、いわゆる中途採用者に当たる。
ふむふむとメッセージを読み進めていると、その中に書き覚えこそないが「これって自分のことでは!?」と想起されるメッセージを見つけた。
本人の記憶がまったくないのに、匿名といえど私を騙ってメッセージを載せるわが社に「コラ!どういうつもりだ!」と心の中で喝を入れつつ寛容でありたいと思っていたが、ここでラスト一文がどうにも引っかかった。

それが先ほどの「A子さん、30代女性より」だった。
え、実を言うと、私まだ30代じゃないのですが……厳密にいうと、30代まで残り1年半ありますが(28歳6か月)。

何故か心がざわつくミソジ。どうしてこんなにも恐れているのだろうか

思えば、10年ごとに何か節目のようなものを感じて生きてきたように思う。
20歳(ハタチ)になった時は、これで大人の仲間入りができたと、どこか誇らしかった。
選挙権を得てお酒もタバコも合法、成人式という大々的に祝われる場がある。
もしかして人生で一番大きな節目のタイミングで変化があったのかもしれないが、当時の私はというとあまり深く考えず、お気楽に生きていた。

それが30歳(ミソジ)となると、どことなく受け取る感覚が違う。
誰もミソジ式なるものはしてくれないし、これといって新たに許可される物事もない。
しいて言えば、参議院議員選挙に立候補できるぐらいだろうが、あいにく自分にその予定はない。

取り立てて何もないようなタイミングではあるが、何故か心の中がざわついてしまう30歳(ミソジ)。
それを本人の許可なく早めてしまったのだから、極めて遺憾!だったのである。

ここで生じた素朴な疑問。
自分はどうしてこんなにもミソジ越えを恐れているのだろうか。
それは、自分が幼い頃から抱いていた「30歳、女性」というイメージに近づけていないのが根底にあるからだと思う。

二児の母の私は全然強くない。30歳はもっと大人な印象だった

現在二児の母をしながら仕事より育児を優先に過ごす日々。
晩婚化やそれに伴う出産の後ろ倒しが言われている現代では、家庭の出来事においては早いほうに含まれるかもしれないが、ワーキングマザーとして見るとまだまだ不十分。
育児疲れで仕事に身が入らず、「産後の働き方、こんなはずじゃなかった~」と後悔することも多々ある。

ずっと「母は強し」だと思って生きてきたが、実は全然強くない。
子供たちのギャングっぷりに心根をポキッと折られるのは日に一度や二度だけではない。
頑張って母を演じているが、私が子供の立場に立って駄々をこねたくなることもたくさんある。

つまり「30歳ってもっと大人な印象だった」が本音である。
だから、自分はこうもミソジ越えに恐怖を抱き、焦りを感じているのである。

30代宣告、執行猶予1年半。少しずつ努力を重ね、大人女性化計画を

しかし、勝手に自社ホームページで30代宣告されてしまったものの、厳密にいえばあと1年半猶予はある。
このまま理想の30代に差しかかることを諦め、割り切って過ごすも良し。少しずつ努力を重ね、大人女性化計画を進めても良し、である。

今の自分の心境としては、このまま年を重ねていくのにはどこか悔しさも感じるから、後者を優先に考えていきたいところである。

さて、まずは何をしていこうか、と考えた時、見た目の要素を磨くことよりも内面磨き(知性や落ち着きの強化、感情のコントロール)が先に自分には必要である気がしてきた。
具体的な行動はこれから考えていくことにする。

30代宣告、執行猶予1年半。燻るもやもやをチャンスに変えていこう。