プロフィールに「中退」を追加。この人生がわたしの音楽を作っている

大学を辞めてからも地域の社会人吹奏楽団で細々と続けていた音楽。「音楽を、好きなときに、好きなように楽しみたい」という思いで、敢えてコンクールには出場していない吹奏楽団を選んだ。だから正直特別上手な団体にいたわけではないし、それに不満があったわけでもない。そんな音楽との付き合い方を変えてみようと思ったのは、自分の演奏に価値を見出してくれる人がいると知ったから。
今年の1月、演奏のお仕事をいただいた。「小さな区役所のロビーで、1時間のコンサートをお願いしたい」と。音楽で街を活性化することと、コンサートへ足を運ぶことのちょっとした抵抗や緊張をなくすことを目的としていた。
小さなロビーではあったけどコンサートは満員で、立ち見のお客様までいた。多くのお客様に囲まれたステージは最高に楽しかった。学生時代の苦しい練習や大学中退という選択も全て、今日ここで音楽を好きなように楽しむためだったと思えた。
お仕事として演奏の依頼をいただいたこと、多くのお客様に恵まれ、大きな拍手をいただき、たくさんの花束をいただいたこと。それがわたしの演奏に価値を見出してくれた。そして、この経験がわたしに「音楽との付き合い方を変えてみたい」と思わせてくれた。
まず、自分の演奏に自分自身が価値を与えようと決めた。安売りしてしまうことは、これまでわたしの演奏に価値を見出してくれた皆様に失礼だと思った。キリの良いタイミングで社会人吹奏楽団を卒業し、音楽教室で講師の仕事を始めた。
音楽教室を受けるときの面接では、「わたしは大好きな音楽を、好きなときに好きなように楽しみたいと思っています。だからこそ生徒さんたちにも、音楽を好きなときに好きなように楽しめるようになってほしいと思い、講師を志しました」と素直に伝え、講師になった。
次に、「辞めた」ことがひとつ。それは、大学中退を隠すこと。今までのコンサートではプロフィールに「高校卒業後は〇〇音楽大学へ進学しサクソフォーンを専攻、〇〇氏に師事。その後、〇〇コンクールにて〜」と、大学中退を記載せず、かつ、卒業していると嘘をつくわけでもない曖昧な書き方をしていた。
それを、「高校卒業後は〇〇音楽大学に進学しサクソフォーンを専攻、〇〇氏に師事。やがて、大好きな音楽に追われている自分に気づき、3年半で中退を選択。音楽と自分との距離を見つめ直す時間を経て、あらためて音を奏でる喜びを取り戻し、2022年には〇〇コンクールにて〜」と、ありのままの人生を記載した。
大学生活で「大好きな音楽に追われている自分」に気づいたこと。それが苦しく、精神を患い中退を選択したこと。それでも音楽が好きで、自分らしく音楽と生きていきたいと思えたこと。その全てがあって今この演奏があることを、知ってほしいと思った。
音楽大学を辞めている音楽家。演奏に説得力はないかもしれない。この人に指導されたくないと思う人もいるだろう。中退したと記載することは、きっとデメリットの方が大きい。でも、この人生が、わたしの音楽を作っているのだ。
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