2003年12月。富士山の見える、地元の幼稚園。体育館では、年に一度のクリスマス会。
すみれ組さんの列の一番前に座る、みんなよりひとまわり小さなわたし。大好きな園長先生のお話を聞いたあと、愉快な格好のお兄さんが出てきて、マジックという名の魔法を見せてくれた。お兄さんに手を振ると、今度は紺色の制服を着たお姉さんたちが、キラキラした楽器を持って、ステージに上がった。
◎ ◎
普段からお家でママがピアノを弾いていて、休みの日にはパパがお歌を歌ってくれていたから、無意識に音楽は好きだった。もはや一種の洗脳である。
今わたしが聴いている音は、どのキラキラから出ているんだろう。キラキラにボタンがたくさんついてる。お姉さんたちの指が、ボタンと一緒に動いてる。
……そう思ったかな、と想像したけど、多分そんなことは思ってなくて、「たのしい!」「たのしそう!」くらいにしか思ってない。4歳のわたしなんて、多分そんなもんだ。
ただひとつだけ確実に覚えている感情は、「わたしもお姉さんたちになりたい」。曲と曲の間で、お姉さんたちは自己紹介をしてくれた。どうやらお姉さんたちの正体は「隣の中学校の吹奏楽部」らしい。
わたしはその日から「隣の中学校の吹奏楽部」を目指すことになる。
大好きな幼稚園を卒園して小学2年生になった頃、近所のピアノ教室に通い始めた。遊び程度ではあったけど、自分で音を出す楽しさを噛み締めていた。
その頃には、中学校には部活というものがあることをなんとなく知っていて、「中学生になったら吹奏楽部に入る!」と騒いでいた。お姉さんたちになるために。
小学校を卒業するまでそう騒ぎ続けて、中学校の吹奏楽部に入部。年間予定表に記載された「〇〇幼稚園クリスマス会 訪問演奏」の字に心が躍った。
いよいよわたしが、あの日見たステージのお姉さんたちになる。
◎ ◎
ほとんどの仲間たちは、「親に部活入れって言われたし」「運動部は嫌だったから」みたいな理由で入部してたし、かなり人数の少ない部活だったから、きっとそれが普通なんだと思う。夏のコンクールでも、集大成の定期演奏会でもない、地元の小さな小さなステージに憧れて入部した人なんて、そう多くはないと思う。
吹奏楽部でわたしはサックスというキラキラを手に入れた。そして、部活に限らず本当に様々な音楽に触れた。
音楽にのめり込み、合唱コンクールの伴奏を引き受けたり、テレビでプロのオーケストラを聴くようになったり。大量の音楽を聴き込み、ふと幼稚園の頃のビデオを観ると、当時のお姉さんたちはそんなに上手ではなかったらしいと気づいた。
そりゃそうだ。見るからにパートも足りず、地区予選も突破できない吹奏楽部だ。まぁ、今も大して変わらないけど。
◎ ◎
でもわたしにとって大事だったのは、上手かどうかではなかった。当時のお姉さんたちがとにかく楽しそうで、聞いているこちらも楽しくて、自分が、当時見たお姉さんたちになること。それから、聞いてくれる子供たちの中のほんの少しが、わたしのようにキラキラに魅了され、こっち側に憧れてくれないかなぁ、と。
吹奏楽部に入部して7ヶ月ほど経った、2011年12月。懐かしい幼稚園の門をくぐった。紺色の制服を着て、手に入れたキラキラと一緒に。あの日と同じ体育館、あの日と同じステージ。お世話になった園長先生に宜しくお願いしますと挨拶をして、ステージに上がる。
今日、わたしはお姉さんになる。