大学では、フィールドワークをしたり、古文書や文献を漁ったりしていた。
そんなド文系の私が、いまはアプリ開発をしているシステムエンジニアだというと、よく驚かれる。
「なんでそっちへ行ったの?」と聞かれても、正直うまく答えられない。
「なんとなく、手に職がついて、賢そうで、稼げそうだったから」それが本音だった。

でも、就職当時の私は、それがどれだけ背伸びだったか、まだ分かっていなかった。

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入社前、資格の足しになるかと思って受けたIT技術者の登竜門、基本情報技術者試験は、三度も不合格だった。それまで興味もなかった専門用語を覚えるだけでも一苦労なのに、数学や物理、アルゴリズムの問題はまるで歯が立たず。
将来に不安しかなくて、泣きたくなったのを今でも覚えている。

それでも入社後は、「やるしかない」という気持ちでなんとか食らいついていった。

初めて研修でプログラムを書いたとき、簡単な画面ひとつ作るのに小一時間かかった。
システム工学を専攻してきた同期たちがサクサク進めていく中、私は教科書を片手に、ひとつひとつ確認しながら進めた。
分からないところはとにかくメモ。帰宅後に復習。
気づけば、スマホの検索履歴は専門用語ばかりになっていた。

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配属後は、客先に出ることも増えた。
“できるふり”で必死にやりすごしながら、資料を作り、ヒアリングをして、少しずつ仕事が“自分の言葉”で語れるようになっていった。
ある日、顧客の要望をもとにシステム構成を考え、先輩に恐る恐る提案してみたときのこと。

「意外と、筋いいね」

そのひとことが、張り詰めていた心にすっと染み込んだ。
いつもどこかで批判されることばかり想像していた私に、初めて自信が芽生えた瞬間だった。

深夜にテスト環境を壊して冷や汗をかいたこともあるし、提案資料に誤記があって、お客さんに謝り倒したこともある。
それでも今では、後輩に「大丈夫、それ私もやらかしたことあるよ」と笑って言えるようになった。
ゼロから自分を育ててもらったからこそ、今では数人の後輩の指導員も任されている。
人より失敗が多かった分、伝えられることも多いと感じている。
中身はまだまだドタバタだけど、マネージャーになった今、“できるふり”を続けてきたことも、無駄じゃなかったと思えるようになってきた。

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そんな私が、次に“背伸び”したのは、母になることだった。
生まれたばかりの赤ちゃんを前に、「お母さん、こちらへどうぞ」と言われたとき、思わず、誰のことか分からなかった。

お世話も慣れないし、寝不足で頭も回らないし、心はいつも揺れていた。
“お母さん”って、もっと余裕があって、強い人のことじゃなかったっけ。
自分の体調管理だけで精いっぱいなのに、ふにゃふにゃの赤ちゃんを生き延びさせられるのだろうか。抱っこの仕方もよく分からず、おむつの前後ろを間違えるほどのポンコツだった私は、きっと助産師さんですら不安だったと思う。

それでも、子どもが熱を出した日。
救急に電話して、小児科に連れて行って、処方薬をもらって、帰宅して。
気がつけば、私がひとりで全部やっていた。
夜、ぐっすり眠る子どもを見ながら、ふと思った。
あれ、私、ちゃんとお母さんしてるかも。

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“できるふり”でも、いい。
不安でも、揺れていても、始めてしまえば、なんとかなることもある。
“できるふり”をしているうちに、本当になりたい自分に、少しずつ引き寄せられている気がする。

エンジニアも、母も、全部見切り発車だったけど、背伸びをして、手を伸ばして、ようやく今の私になれた気がする。
たぶん私は、これからも何度も“できるふり”をしながら、少しずつ、自分の輪郭をなぞるように、なりたい自分に近づいていくのだと思う。