私には大好きなアーティストがいる。努力を怠らず、常に自分のなりたい姿に向かっていくその姿を見て惚れたのだ。

◎          ◎

この先、アーティストのことを彼と呼ばせてもらう。彼のことが好きという感情の中には、尊敬も含まれていた。

「私も彼のような人になりたい」

最初は形だけだった。お揃いの服を何着も購入した。中にはブランド物で高額なものもあったが、彼と少しでも同じになりたいとふくらはぎが引きちぎれるくらいに背伸びをして購入した。でもどれだけ彼と同じものを着ても所詮私は私だった。中身まで、彼のようになりたかった。彼と会った時に、私自身のことを誇れるように。言葉だけになってしまわないように彼への手紙に書いた。

◎          ◎

「私も私で頑張るから」その言葉が嘘になってしまわないように、ひたすら彼の背中に追いつけるように背伸びをし続けた。自分の中で目標を立てて、いつかやろうと放置していたことに次々に手を出した。服の製造、デザインに資格。そしてもう二年やらずにいた執筆活動。苦手だと思っていたエッセイへの挑戦。

目の前に見えていた壁は、どうやらそこまで高くはなかったらしい。手を出してしまえばとんとん拍子に進むことが多かった。停滞していた日々が大きく動き出した。両手にたっぷりの絵具を付けた子供のように、可能だけれど難しい面白いことを描くのが大好きだった。でも社会に飛び出してその思考をもぎ取られたようなそんな気がしていた。そんな世間を恨んでさえいたが、実はまだ残っていたらしい。

私の思考を、誰よりも止めていたのは私だった。「不可能だから」とやる前に決めて、失敗することが怖くてやらない理由を必死に探していた。そんな状態から動き出して、また私は頭の中で色とりどりの絵具をぶちまけている。なかなか取れないからペンキかもしれない。

◎          ◎

そんな時に発表されたイベントの告知。私は高速バスで彼のもとへ向かった。久しぶりにう彼は、まだ私が背伸びしても届かない位置にいた。会っていない間も陰でずっと努力していたんだろうな。私より何倍も。そんな変わらない彼を見て、どこか安心した。大好きだなあと再確認もした。

それと同時に少し、ほんの少しだけ憎かった。ああまだ届かないのかと圧倒的な差を見せつけられた様だったから。嫉妬なのだろうと、そう気づいた。でも頑張ってるねって言われたくて、彼にすごいと思われたくて少し背伸びをして話をした。彼の前でくらい、すごい人のふりをしてもいいでしょ。そんな言い訳を頭の中で浮かべながら。

◎          ◎

私は今何者でもない。これは、過去の私が今の私に残した言葉だ。今、何者でもないお前は、これから何をして何になるのか。ずっとそれを考えている。やりたいことは沢山ある。今出来ることもある。「まだ二十一歳」そう声をかけてくれる人もいる。でも私はその言葉に胡坐をかきたくはない。この先何者かになることを目指して私はこれからも努力をし続ける。背伸びをしても届かない彼に少しでも追いつくために。追い越すために。

八月。彼が出るライブがある。そこでまたつま先が痛くなる程の背伸びをしなくてもいいように今は少し離れた場所で私も頑張ろうと思う。大好きな彼へ。背中を丸めていた私に背伸びすることを教えてくれてありがとう。