留学に心が動かなかった学生時代。日本で暮らす心地よさを選び続ける

私は学生の時に留学を経験していない。もし留学をしていたらなにか変わったのだろうか。
今も大きく考えが変わったわけではないのだが、当時は海外に行くことに今以上に消極的だった。英語は話せない。もちろん他の言語も話せない。文化も違えば食も違う。よく、イギリスは食事が美味しくないと言われているので、だったら安心してご飯が食べられる日本がいいと思っていた。
加えて、昔から大のテレビっ子だったので、日本のドラマが見られないのは嫌だ、と思い、日本でずっと暮らすほうがいいとも思っていた。大学を留学目的で選んでいる友人を見ると、なぜそんなに留学したいのか、不思議だった。
文系を選択した友人の大半はどこかの国へ留学へ行っていた。アメリカはもちろん、カナダやオーストラリア、中国へ行く人もいた。話も文化もわからない場所で、私なら生活していけないと思っていたので、SNSにストーリーが上がるたびに、すごいな、と感動していた。
特に中国に留学をした友人は、ペラペラの中国語をマスターして帰国した。留学として過ごした期間がとてもよかったらしく、その後のSNSの投稿も思い出に浸るものが多かった。
ここまで多くの留学エピソードに触れていると、自分の中でも感化され始める。もしいま私が留学に行くとしたら、どこに行くのか、何を学ぶのか。留学に行くなら、相応の語学力や事前に学んでおくこともあるだろう。ましてや旅行ではないので、何かを学び、その成果を今後に生かさなければいけない。何ができるだろうと思った。
だが、感化されただけで行きたいとは思わず、そういう世界がある、という認識だけを知っただけだった。留学をしている人がいる、という事実が目の前にあるだけで、羨ましいとも、行動を起こそうともならなかった。
大学生のときに学んでいたことは、私の中では日本で完結できればそれで良いと思っていた。海外で活躍しようとは思わず、働くのは日本だと。もし海外に行くとしても、留学や海外での経験はさほど影響しない状態でも選択肢はあった。国を選ばなければ行きたい、経験したい、と思ったその時に行けると思っていたからだ。今思えば、学生生活のなかでしかできないことであり、自分の知見を広げるチャンスだったのかもしれない。しかし、当時の私には、日本での生活で満足しており、国内でやりたいこともたくさんあったため、海外留学など考えが微塵もよぎらなかった。
私が留学するとすれば、きっと、子供の頃に抱いた将来の夢を叶えられたら、なのかもしれない。もうその道を目指すことはないが、もし子供の頃の夢が叶えられたら、勉強のために留学が選択肢に入ってくるだろう。もっと先の話かもしれないが。大人になってからでも海外留学は行ける。目標や夢があって今も留学している人は多い。だが、今も私は日本で暮らすことのほうが優先度は高いのだ。
これからもずっと日本で暮らすだろう私にとって、おそらく結婚した相手が海外赴任をすることになっても私は日本に残る選択をしそうだ。というか、日本に残ると思う。たとえ相手との関係性が変わっても、終わっても、私の選択は変わらないだろう。それくらい今の生活が落ち着いていて、環境を変えようとは思わない。
長期間日本を離れることで、私は生活の不便を感じてしまうと思う。だから、学生の時に留学を意欲的に捉えていた友人も、アクションを起こした友人も、行ってよかったとSNSに綴る友人も全員がすごいと思える。
私と留学が遠いところにあって、結びつかないくらいねじれている位置関係だ。こんな私でも、これから先、留学が近くにやって来ることはあるのだろうか。
現状ないと思っているが、何があるかわからないから、油断はできない。YESと答えるときがもし来るなら、そのときに私のなかでどのような変化が起きていたのか、分析してみたいものだ。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。